後掲したエッセイが『もう一つの世界』14号に掲載されたのは、2008年のことでした。当時の着想を支えていたのは、東京農工大学の炭素循環農法の実践でしたが、小貫雅男・伊藤恵子さんの『菜園家族レボルーション』にも霊感を得ていました。
それから17年。「気候崩壊」の嵐が吹き荒れる時代となりました。他方、500年続いた帝国主義時代は、終末局面を迎えていますが、宇宙核戦争を構えて、旧勢力側が抵抗しているため、地球生命系の共滅を招きかねない。そんな危険な時代です。
さて何をなすべきか。ヒントとなるのは、1947年8月-12月のインドの事例です。インド独立時にイスラム教徒とヒンズー教徒の内戦の惨事に直面したガンジーは、無期限の断食に突入。命を懸けた内戦停止の呼びかけに、内戦は止まりますが、直後にガンジーは暗殺されます。しかし命を懸けた、道理ある行動は歴史を動かしたのです。
もう一つのモデルが、2024年12月3日の韓国大統領による戒厳令。戒厳軍による国会封鎖に抗議して、国会に駆けつけ必死の非暴力抵抗をおこなった数百の市民たちの行動が、インターネットの力で世界に拡散。戒厳軍の退去を勝ち取り、韓国の変革をもたらしました。
このような「賢く、勇気あるポピュリズム」の主体をどのように形成していけばよいのか。
第1に、わが命を、脳=自我が有する「私有財産」だと見なす「唯脳論者」に抗して、アニミズム型の「友愛」共同体を築いていくことだと思います。「山川草木悉皆成仏」という哲学を、庶民の魂を導く原理としたい。「物質代謝」の本質とは、数億年にわたる「イノチの移し替え」のこと。この真実を家庭菜園と芸術実践を介して、心底から納得し、生命と多様性に敬意を払う体験を積むことでしょう。
第2に、インターネットを東アジア民衆の「精神代謝」(エンパシー=慈しみの移し替え)のコモンに育てることです。李舜志『テクノ専制とコモンへの道ーー民主主義の未来をひらく多元技術とは』(2025年、集英社新書)を読んで、元気をもらいました。
第3に、世界では3大勢力への分岐が進んでいます。①トップダウン型グローバリスト。②「偉大国への復興」型ナショナリスト、③民主的で水平的なインターナショナリストです。③の「民主的なインターナショナリスト連携」に私は期待しています。マルクスをレーニンではなく、ジョン・レノン(ガンジー)と連携させていく。このような「マルクス・レノン主義」の可能性を探究していきたいです。
2008年4月に『もう一つの世界』誌14号に掲載された 藤岡 惇のエッセイ
森を造ると雲が浮かび、土壌を肥やすと平和が築ける
第一次大戦前夜に内村鑑三が、『デンマルク国の話』(岩波文庫)という本のなかで紹介したもみの木の植林の話をご存知だろうか。
一八六四年にプロシアとの戦争に敗北したことを契機に、デンマーク国民は覇権戦争に走ることの愚を悟り、「外に広がるのではなく、内を開拓しよう」という道を選び、ユーラン半島北部の不毛の地に植林しようとした。大変な労苦のすえ一〇〇万エイカの荒地は豊かな森林に変わっていった。荒地や砂漠のばあい、たまに雨が降っても水分はすぐに地域外に流出していく。これにたいして森林のばあい、雨水は葉っぱや下草に長く留まるので、森の上にぽっこりと雲が浮かぶ。そうすると雨がよく降るようになるので、気候は温和となり、土壌が肥沃になる。その結果、デンマークは屈指の豊かな酪農国に変貌したのだと内村は説き、満州に進出しようとしていた当時の日本の帝国主義的な風潮に警告を発したのだ。
肥沃な土壌のばあい、一つかみの土のなかに六〇億を超える微生物が生息している。わずか数十グラムの土壌のなかに、人類の総数に等しい数の微生物が生きているのだ。土壌のなかの微生物を栄養源にして大小多様なミミズが生息するようになると、大量の糞を生み出し、土壌を肥やしてくれる。かつてチャールズ・ダーウィンは、ミミズを「地球の偉大な大腸」と形容したことがあるが、ミミズが大量にいるところでは畑を耕す必要さえ減るという。ミミズが無数のトンネルを掘り、土を団粒化し、土壌をふっくらとさせてくれるからだ。
健康な微生物を栄養源とすることで植物が健康となる。この植物を栄養源にすることで健康な動物が生まれ、これら動植物の「いのちをいただく」ことで、心身ともに健康な人間が育まれる。また人間の生存のために不可欠な「人権財」(たとえば水・食物・エネルギー)だけでも自給できるようになれば、生存への不安感は減り、国際関係はもっと穏やかなものとなるだろう。したがって土壌のなかで大量のミミズが幸せに暮らしている国ほど、住民の健康度、社会関係の平和度が高くなっていくのは当然だ。
地球温暖化を防止するために必要なこと
地球圏のなかで炭素はどこに分布しているのだろうか。いま世界では、固体の炭素が毎年七二億トンほど燃やされ、炭酸ガスに姿を変えて大気中に排出されている。その結果、第一に炭素は七五〇〇億トンの炭酸ガスという姿をとって大気中に存在するようになり、大気熱の地球外への放散を妨げ、大気圏の温暖化をもたらしてきた(毎年二〇億トンほどの炭酸ガスは海洋に吸収され、海洋中のカルシウムと結びついて炭酸カルシウムとなり、海底の石灰岩に姿を変えて蓄積されているのであるが、海洋の役割は、ここでは考察しないこととする)。
第二に、炭素は化石燃料(石炭・石油・天然ガス)という姿をとって、地中のなかに四兆トン存在している。第三に、五五〇〇億トンの炭素が、地上(一部は海中)の植物(樹木や野菜、海草)という姿をとって固定化されている。第四に、土壌有機物という姿をとって一・五兆トンの炭素が土壌のなかに留まっている。土壌とは、微生物が大量に生育している地層をいい、地球の表層をごく薄くおおっているにすぎない。地上の植物群が蓄える炭素の三倍という膨大な炭素が土壌内に存在しているのだ。土壌のなかで炭素の一部は酸素と化合して炭酸ガス、水と化合してメタンガスとなっているが、地中に閉じ込められている限り、温暖化を促進することはない。
炭素を大地に戻すための計画
豊かな土壌をつくるにはどうしたらよいのだろうか。まずは荒地や遊休地に木を植えていく。住宅を建てるばあいは、材木の地産地消を奨励し、近隣の成木を伐採し、百年は住める良質な住宅をつくるという運動を展開したいと思う。木造住宅からなる街を造ることは、炭素の固定化という観点からみると大規模な造林事業と同じこと。樹齢百年めざす「都市の森」創生計画だと言い換えてもまちがいではない。
百年後に家を取り壊したとしよう。その際に大量の廃材が出てくる。廃材は炭にし、細く砕いたうえで、土壌のなかに埋めもどしていこうというのが私の提案だ。炭化しておくと酸化されにくくなるので、炭素の土壌中の滞留期間は長くなるだろう。炭の表面には無数の穴が開いているので、微生物の格好の棲み家となり、土壌も肥えていく。炭素分を多く含む土は黒くなる。この作業をとおして、日本の大地を肥沃な黒土地帯に変えていきたいものだ。
私は、もう一つの構想も温めている。廃材などを土壌圏より深い地層に貯蔵していこうという計画だ。数百年たつと泥炭になる。数万年たつと立派な炭田、数百万年たつと立派な油田が復活してくるかもしれない。エネルギー不足のときには掘り出して使うことができるので、「エネルギー安全保障」にも役立つだろう。
炭鉱の坑道跡や油田の底に炭酸ガスをポンプで送りこみ、長期間封じ込めようという計画が進められているやに聞く。この種の計画のばあい、実現するには莫大なコストがかかるだけでなく、周辺の生態系に悪影響を及ぼす危険があるし、土壌を肥やす役割もはたさない。このような高価で危険な計画よりも、廃材を土壌に戻していくほうが優れており、夢があるように思うのだが、いかがであろうか。
動物が野生のなかで本来の幸せを実現しているシーンを見るとき、人間も幸せな気分になっていくものだ。その証拠が北海道の旭山動物園の事例であり、兵庫県豊岡のコウノトリの郷文化公園ではないだろうか。渡り鳥のコウノトリが再び飛来してくれるよう、有機農業に徹し、農薬を使わない農村づくりをしようと豊岡盆地の農民たちは決意した。コウノトリが幸せになれる地域づくりに励むことで、人間も幸せになれる。そうすると観光客の心の琴線に触れるので、経済的にもペイするという好循環が、生まれ始めたという。
「動物が幸せになると、人間も幸せになれ、経済も繁栄する」──そのような展望を切り開ける新しい「平和の経済学」を創っていきたいと思う。
(『フラタニティ』39号、2025年9月)
