宇宙核戦争を阻止し、「一極から多極・非極」の地球を築く時

藤岡惇

1人で見る夢はただの夢。無数の人々が同じ夢を見る時、
その夢は現実となるでしょう」 (ヨーコ・オノ) 
  

ウクライナ戦争に思う

既視感の眩暈
 22年2月24日、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まった時、2つの記憶が蘇ってきた。一つは1979年12月のソ連軍のアフガン侵攻。これを受けて、レーガン政権はソ連を「悪の帝国」と指弾し、宇宙核戦争を構え、ソ連封じ込めの戦略を貫いた。時の中曽根政権は「日本列島の不沈空母」化と「4海峡封鎖」を約することで、これに呼応、中国も異を唱えなかった。かくてソ連は解体され、「40年の冷戦」に米国は勝利した。

いま一つは、2001年9月11日の同時多発テロ事件だ。ビン・ラディンとプーチンという指導者につきまとう「悪人」イメージは、米英の巧みな情報戦のおかげで定着し、「軍事的な解決策しかない」という世論を広げた。

 同様のプロセスが再演されないか。そうなると宇宙核戦争の最新版が始まる恐れがあると不安に慄いたことを告白しておきたい。

プーチンの侵攻をささえてきた背景
 冷戦終結後、米国は、宇宙と情報の覇権を背景にして、一極覇権を確立し、イラク・中東のペトロ(石油・天然ガス)資源を制覇しようとして、イラク・中東戦争を始めた。20年間に7兆ドルの巨費を投じたのだが、2021年には中東から総撤退という羽目に陥った。
 失策に乗じて中国が躍進し、ロシアも復調してきた。中国との連携を強化し、さらに資源の豊かなBRICSの5か国と中東産油国とが連携すれば、米英の「ペーパー・ドル本位制」はインフレの泥沼に沈んでいくだろう。今こそ「軍事的な手術断行の好機だ」とプーチンが判断した節がある。

中央アジアの大地の資源をめぐる米英とロシアとの代理戦争
 立命館の平和ミュージアムの同僚だった安斎育郎さんは、日刊『ウクライナ情報』に健筆をふるい、「プーチンの悪」を当然視する世論に抗してきた(たとえば『安斎育郎のウクライナ戦争論』、2023年4月、安斎科学・平和事務所、62ページ)。
 安斎さんは書く。「2009年のオバマ政権以来、ジョー・バイデン副大統領とヴィクトリア・ヌーランド国務次官補を中心にウクライナにNATO加盟をけしかけ、50億ドルの巨費を投じてユーロ・マイダン・クーデターを起こしてウクライナに親米傀儡政権をつくった。この親米傀儡政権がアゾフ大隊などのネオナチ集団を国軍に編入してウクライナの東部ドンバス地方のロシア語話者に対する民族浄化まがいの軍事弾圧を加えたこと」に主因があると。「武器供与を通じて米国の軍需産業を肥え太らせ、ロシアを疲弊させる。NATOとその周辺諸国を対ロ経済制裁に巻き込んで、ロシアのエネルギー資源に依存しているヨーロッパ諸国に困難をもたらし、米国系エネルギーを買わせ、米国の一人勝ち状態にするーーこれが米国の戦略だ」とも。長年の友人――「宇宙への兵器と原子力の配備に反対、地球ネット」リーダーのブルース・ギャグノンやカナダの乗松聡子さんも、ほぼ同意見だ。
 今次の戦争を「中央アジアの大地の資源をめぐる米英とロシアとの代理戦争」と見なす点で、彼らは共通している。ブチャの「虐殺」事件も、バルト海底のノルド・ストリームの爆破・切断も、米英の秘密作戦の結果であろう。
 NATOの東方拡張で、米国の核ミサイルがついに喉元まで来たというロシア指導者の不安と焦りを理解すべしとノーム・チョムスキーは強調し、「米国が進めてきたのはウクライナのキューバ化だ。メキシコ化の方向に導かない限り、核戦争となるだろう」と警鐘を鳴らす。

「戦争は答えではなかった」――プーチンの誤算
 しかし「果断な軍事的解決」の効力を信じる点で、ビン・ラディンとプーチンは共通している。この弱点が米英諜報部に徹底的に利用され、世界の進歩的運動が分断されてきた。核兵器を先制使用してでも、国益を死守するというロシアの方針は、北欧諸国の不安を煽り立て、逆にNATOの核軍事同盟に結集させる結果となった。これらの面も正しく批判していかねばならない。
 追い詰められたら、戦術核兵器を使うとプーチンは威嚇してきた。どんな使い方が予想されるか。ウクライナの上空100キロ程度の宇宙空間で核爆発を起こすことだ。人的被害はゼロだが、電磁パルスを生み出し、サイバー空間は長期間、マヒするだろう。いま一つは、原発の爆破。福島の核事故と同様に「ただちには誰も死なない」が、無人の荒野となろう。東西の前線国のウクライナと日本とが、宇宙核戦争の最初の犠牲となるだろう。

3つのブロックへの分化
 今次の戦争は、3つのブロックに分化しつつある現下の世界を浮き上がらせてきた。
 米英基軸の「軍産・情報・金融資本主義ブロック」は、軍事と情報の覇権をテコとして、ドル基軸の金融覇権を死守しようとしている。
 他方、欧米の伝統的な帝国覇権に挑戦するかたちで、「国権・資源・開発資本主義ブロック」が台頭しつつある。このブロックには、覇権的な傾向を内在させた中国とロシアだけでなく、サウジアラビア・ブラジル・インド・南ア・イランといった新興経済国も結集し、ペトロ価格を高め、19世紀的な「金―資源本位制」に復帰する動きを強めている。ドルに依存していては、現下のインフレに抗することができず、自国の富の価値を保存できないからだ。これらの国は、資源に恵まれたたり、人口が多く、かつて第3世界と呼ばれた地域のなかで、光の当たり、経済的に成長した国々が多い。専制的な統治システムと開発とを結びつけた「開発独裁」的な体質をもったり、家父長制的な社会システムを温存した国も多いし、覇権主義的な傾向を内在させた国もある。
 第3は、中小国、原住民・女性・市民の連携する第3ブロックだ。米ソ冷戦期には「非同盟運動」が大きな役割を果たした。それから50年。中ロと米英という2つのブロックから距離を置き、グローバルサウスを波頭とする勤労市民、原住民、女性、中小国が連携を始めている。

停戦にどう持ち込むか
 公正な調停者を見出すことだ。第1は、スペースX社を立ち上げた世界一の富豪のイーロン・マスク。①ロシアが併合を宣言したウクライナ4州での住民投票を国連の監視下でやり直す。②2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島については、住民の大多数の実態をふまえて、ロシア領とする。③ウクライナは中立を維持する、という和平案をイーロンは提起している。数百機のスターリンク衛星を展開し、ウクライナ軍に情報リンクを提供してきたイーロンは、自社衛星の撃墜の警告をロシアから受け取っている。商業衛星や原発に「核戦争仕様」が求められれば、宇宙産業や原発産業は成り立たないゆえ、イーロンも必死だろう。
 第2の流れは、「国権・資源・開発資本主義」グループに属する中国やトルコによる調停の動き。米英の覇権支配は、分断統治を特徴としてきた。したがって「米国が退くと和解の機運が広がる」という動きが各地で現れてきた。米国が撤退したおかげで中東では、イランとスンニー派アラブとの対立が弱まってきた。この好機をとらえて、イランとサウジアラビアの和解の調整役を中国が担った。イスラエルとアラブとの和解、さらにはロシアとウクライナの和解のために、習近平が動く可能性がある。

非極・非核・非同盟・「共通の安全保障」という国際秩序へ
  第3ブロックの呼びかけで「地球市民のオリンピック」を開けないだろうか。その場に米英、中ロといった覇権国ブロックの代表選手を招き、「解決策」を演じさせるのだ。「イマジン」の曲想に沿って、70億のヒトが採点していく。公正な採点者になるには、太古からの「生命系の流れ」に己の脳を共振させることが不可欠だ。地球生命系との「気の交換」の力量をどう育むか。「人間発達の経済学」の挑戦の時が来た。

(『経済科学通信』157号の「ウクライナ戦争」特集に寄稿、2023年6月)