アメリカ経済史学会と私の歩み

藤岡 惇

 今春2023年3月に、私は立命館大学の授業担当講師から退きます。思い起こせば1979年4月に、立命館大学に採用され「アメリカ経済論」を担当することになりました。31歳の時です。爾来44年の人生を振り返り、6点につき感慨を綴りたいと思います。

1)世界を牛耳ってきた米国と格闘できた歓び
 私は、京都は西陣の地で生を享け、中京の商家で育ちました。父親は小学校しか出ておらず、大学進学に反対でした。しかし商売人の平凡な2代目となる運命に抗い、1970年に京大経済の大学院に脱走し、西洋経済史の尾崎芳治ゼミに逃げ込みました。西牟田祐二さんや坂出 健さんの一つ上の世代に属しています。
 大学院入試の外国語にフランス語を選んだこともあり、当初はフランス農業史をやろうと思っていたのですが、血が騒がない。そこで修士論文提出の6か月前に2度目の大脱走を敢行し、フランス史から米国南部の土地制度に修論の主題を変えました。「世界を牛耳る米国の正体とは何か」という問いに肉薄したくなったからです。

2)立派な後継者を得られたこと
 赴任時の立命には、米国研究を志す同僚は皆無に近かった。しかし今では中本 悟、河音琢郎、大橋 陽さんといった、綺羅星のごとき後継者に恵まれ、私は幸せです。

3) 住民の「市民」への成長を支援するため、「マルクスを含んで超える」
 私が育った京大の経済学部には、「マルクス=レーニン主義」の呪縛が色濃く残っていましたが、私は比較的早く、呪縛から脱することができた。ただし「マルクスを含んで超える」道を私は模索してきました。指針となったのは「イマジン」を歌うジョン・レノンでした。「マルクスーレノン主義」という新しい旗印が私を導きました。
 勤労市民と専門研究者とが支えあい、学びあい、ともに「有機的知識人」に成長しあおうとする「経済学の民主化・市民化」の運動に関心をいだき、27歳の時に基礎経済科学研究所の自由大学院運動に参加しました。自由大学院では48年間「エコロジカルな人間発達ゼミ」のチュータを務め、今も、20名ほどの社会人と育ちあっています。
 鈴木圭介さんは穏やかな人格者でしたね。『大草原の小さな家』のローラの世界のように爽やかでした。ただしイロクォイ民主主義など、採集・狩猟の原住民から学ぶ気風、ジェンダーの視点が弱かったことは惜しいと思います。

4)ケインズ主義下の「修正資本主義」への変貌にも目配り 
 1940年代―70年代末の時代の米国資本主義は、外政面では「国連など社会による規制下の帝国主義」という特質を帯び、内政面では「修正資本主義=福祉国家」という特質を帯びるようになった。私たちの学会では、この変貌を正面から捉え、理論化する営みが遅れてきた。その点では谷口 明丈・須藤 功 (編)『現代アメリカ経済史– 「問題大国」の出現』2017年5月は画期的です。

5)帝国-覇権国的視野の必要
 本学会は「米国史の時代区分」について、議論を重ねてきました。「落日の覇権国」という視点から米国史の時代区分を行えばどうなるでしょうか。
3度の総力戦が浮かび上がるように思います。第1回総力戦は1914―1945年の31年間。特に2次大戦では、ソ連・中国を取り込むことで、ドイツ・日本の挑戦を破り、世界覇権の英国から米国への禅譲を実現できた。第2回総力戦は1949-1990年の41年間続いた米ソ冷戦の時期です。
 その後、格下の非核国を相手に米国単独覇権を誇示した25年(1991年―2016年)が続き、後半の2001年以降は、中東・中央アジアのペトロ(石油・天然ガス)資源制覇のため、米国は戦争をしかけた。しかし20年の間に7兆ドルもの巨費を投じたにもかかわらず、中東から総撤退に追い込まれてしまった
 この失策に乗じて中国が躍進し、ロシア(北朝鮮・イラン)も復調してきた。これにたいして、2016年にトランプ政権が第3回総力戦争の開始を宣言し、現在に至っています。

6)サイバー宇宙核戦争―日本壊滅の可能性と対策
 いまウクライナの地は、英米―NATOとロシアとの代理戦争の舞台になっています。現代世界は3つのブロックに分化しつつあることをこの戦争は示しています。
① 米英基軸の「軍産・情報・金融資本主義ブロック」   
② 国権・資源・開発資本主義ブロック(神権・寡頭制的な国を含む)
 BRICSに今やサウジ・イランが合流し、「金―資源本位制」という19世紀的な国際通貨制度への復帰の動きを主導しているように見えます。
 第3のブロックは、グローバルサウスを波頭とする世界の勤労民衆、原住民、女性、中小国の緩やかな連携体でしょう。このブロックが主宰し、グローバル問題の解決策を競い合わせる「オリンピック」に2つの覇権国ブロックの代表選手を招き、70億の人類の前で競い合わせたらどうでしょうか。
 「地球の終末時計」は、100秒前から90秒前となりました。第3次世界大戦が起こるとすれば「サイバー宇宙核戦争」となるでしょう。多分、その最初の犠牲国となるのは、前線国のウクライナと日本でしょう。米国の本質論に立ち返り、議論を深めるイニシアティブを発揮していただきたいです。
 なお藤岡の正体については、私のホームページ(http://eco-economy.ever.jp/wp/)所載の「私と世界とあっちゃん先生」を参照ください。

(『アメリカ経済史学会ニューズ』31号、2023年1月。一部補正を加えた)