「勝利型核抑止」と宇宙核戦争

   ――米国の逆襲、日本壊滅の可能性と対策                          

藤岡 惇(立命館大学)

はじめにーー「敵の核基地攻撃」に日本が加わると、どうなるか。
 1)50年前の日本平和学会設立の中心人物――関寛治(1997年12月15日没)から受けた学恩。「核抑止」陣営内で生まれた「MAD 対 NUTS」への分裂の意味を教示された。
 2)ソ連崩壊以降、わが学会でも「核戦略」、「軍事問題」の探究が弱くなってきた。「敵」が核の貯蔵先を明示せぬ方針を貫くかぎり、「敵基地攻撃(反撃)能力」保有とは、「敵の核基地」を攻撃する意志を明言することと同じはず。にもかかわらず「日本壊滅の危険」をどう避けるかという議論がない。この「異常な事態」にメスを入れたい。
 日本平和学会秋季集会 2014年11月8日 鹿児島大学での私の報告「「ミサイル防衛」の配備とどう闘うか――新型核戦争(宇宙での核爆発・原発炎上)と経済劣化を招くことの論証および2018年秋季研究集会 の本分科会の場で私は、「陸上イージスは核ミサイルを撃墜できるか――『惑星規模の被爆』の危険を考える」という報告をした。それから5年間の変化に焦点をあてて、再論する。)

Ⅰ. 基礎レッスン

(1)核抑止承認陣営内の分裂――伝統的な「勝利型核抑止」(タカ派)から「共滅型核抑止」(ハト派)が分離・対立してきた
 核攻撃をする対象として、何を優先するかをめぐって、敵の核戦力つぶし(カウンターフォース)を優先せよという「拒否抑止」派と、大都市部の総つぶし(カウンターバリュー=敵の大切なもの=生命財産を人質に)を優先せよという「懲罰抑止」派とが対立してきた。

◇前者が勝利型核抑止派(タカ=NUTS派)を構成。第一段階では、核の先制第一撃も辞さず、拒否抑止=敵の核戦力(と司令中枢の斬首)に集中し、敵の核武装を解き、丸裸にする。その後に、降伏しないと懲罰抑止に移るぞと脅せば、核戦争に一方勝ちできるとする。1970-80年代の米国のNUTS(Nuclear Utilization Target Selection 核使用の標的選定)は、この戦略に立っていたので、NUTS派とも呼ばれる(丸山浩行『核戦争計画――米ソ戦の研究なしには平和は語れない』亜紀書房、1985年5月の分析深度に比べると、吉田文彦『迫りくる核リスク』岩波新書、2022年の深度は浅い)。

◇後者が共滅(覚悟)型核抑止派(ハト=MAD派)を形づくる。起源は60年代のケネディ・マクナマラ。今日の代表は、クリントン政権時の国防長官のウイリアム・ペリーだが、米軍部の少数派に転落した模様。「核開戦をめぐる大統領専権の制限」、「核の先制不使用」、「核ミサイル防衛の中止」の実行とともに、192発の核弾頭搭載の潜水艦10隻――合計1920発の核弾頭レベルにまで核大国の核軍事力を減らすことを主張してきた(W.ペリー・トム・コリーナ(田井中雅人訳)『核のボタン』朝日新聞出版、2020年、162・276ページなどを参照)。

(2)「核戦争に勝者なし=MAD承認」陣営内の2つの分派――「共滅型核抑止派(ハト=MAD派)」と「核廃絶派」の共闘を前進させるために何をなすべきかーー本報告の目的

Ⅱ. 敵の核戦力総つぶしの夢を追った「タカ派」の歴史

1)「宇宙核戦争1.0」―1958-1962年
 スプートニックショック後に、核戦争で米国勝利の自信を再建する動きの第一段階。宇宙空間で核爆発を起こせば、大量の荷電粒子が発生し、地磁気の作用を受けて、「強烈な放射線帯」が形成され、ソ連の核ミサイルは失速するはずだという主張が現れた。この点を確かめるため、1958 年8 -9月に、米海軍が南アフリカ沖の宇宙空間で3度の核実験を行った。Operation  Argusだ。その結果、放射線帯は形成されるが、衛星機器に不具合が生じる程度で、核ミサイルの撃墜には力不足であることが判明した。他方、米陸軍は、ハワイ島から1400キロ離れた米陸軍のジョンストン島を舞台に1962年6月から11月まで14回の宇宙での核爆発によって、敵の核ミサイルを撃破する実験が行われた。ここでも、HEMP(宇宙での電磁パルス攻撃)=「核の闇」という深刻な事態をもたらすことが判明。

以下は、平和学会鹿児島大学での報告から

①  1958年の太平洋上空でのOperation Newsreel
1958年4月28日 Yucca shot  マーシャル上空28キロ、1.7キロトン
1958年8月1・12日 Teak shot と Orange shot の2回、いずれもジョンストン島上空30-80キロで3.8メガトン   
 巨大なオーロラ

②  部分核停条約直前の1962年のジョンストン島上空でのフィッシュボール作戦。
9回の実験中、成功した3回の実験とは:◇62年7月9日: Starfish Prime 400キロ上空で1.4メガトン、人工オーロラ、ハワイ諸島に停電

◇62年10月26日:ブルーギルトリプルプライム 410キロトン 火球は発生したが、電離層崩壊はなし
◇62年11月1日 Kingfish   97キロ上空で 410キロトン 美しいオーロラ、太平洋中部の無線通信が3時間以上途絶

宇宙の核爆発――「安全な核戦争」か?

 宇宙で核弾頭を爆発させた場合、どのような被害が生まれるのだろうか。厚い大気に囲まれたところで、核爆発が生じれば、まず①熱線と②放射線が光速で周辺に広がり、周辺気温が急上昇することで、③猛烈な爆風と④爆風の複合にもとずく衝撃波が生じ、⑤熱線の作用で建造物が着火し、火災が起こり、⑥生まれた核分裂生成物(死の灰)が2次放射線を発生させ、黒い雨などで放射能を拡散させる。 
 これにたいして、宇宙空間(地上100キロ以遠)では、大気がきわめて薄いので、衝撃波や爆風は生じないし、可燃物がないので、火災もおこらないだろう。ただ①すさまじい熱線と②放射線(とくにガンマ―線)が光速で数万キロの範囲に広がっていくだろう。また③強烈な電磁パルスが発生し、色鮮やかで巨大なオーロラが発生し、バン・アレン帯をかく乱し、衛星の電子機器は数時間から数日のうちに故障し、「裸の王様」はゆっくりと横死していく。
 ただし、これらの熱線も放射線も、電磁パルス波も、地球をとりまくオゾン層(地上15キロから50キロメートルの空域に広がる)と大気圏に阻まれて、地上の人を含む生物には、ただちには悪影響は現れないだろう。
 この事態とキューバの核危機を受けて、ハト派=MAD派が支配するケネディ・マクナマラ時代が現れた。敵の核戦力の総つぶし=拒否抑止は放棄し、核の先制不使用・オープンスカイで核軍縮をはかろうとするハト派の時代が10年間続く。1972年のABM条約がその指標。

2)「宇宙核戦争2・0」(1980年―89年)
 1979年12月、ソ連によるアフガン侵攻が始まった。1982年に大統領となったレーガンは、83年3月には「戦略防衛構想SDI」を発表、宇宙核戦争に勝利する態勢を築くという決断を行った。多数の宇宙衛星に天空を巡回させ、衛星搭載のレーザー砲を敵の核ミサイルに向けて発射すれば、敵の核ミサイルを全て撃墜できる展望が開かれるというアイデアをエドワード・テラーから売り込まれたレーガンの決断の所産。「拒否抑止」=「勝利型核抑止」に向けた挑戦が再開された。しかしレーザー砲電源用原子炉の衛星搭載の困難、反核運動の高揚に加えて、核軍拡競争から撤退するという決断をソ連指導部が下したことが転機となり、1985年11月21日のジュネーブでの米ソ首脳会談において、「核戦争に勝者はなく、核戦争は戦ってはならない」という「MAD派風合意」に米ソ首脳は達し、40年間の冷戦は米国の勝利で終わった。ロバート・オルドリッジ『核先制攻撃症候群』(1978年、岩波新書)は、この時代の序幕期を描いたもの。原著タイトルは“Counter-Force Syndrome”であることに注目。

3)核をもたぬ敵を相手に「反テロ地球戦争」を戦った時期(1991-2017年)
 米国の一極支配―半宇宙戦争を構えて、非米的な資源国を転覆せんとし、結局、米国の覇権を衰えさせた時代。対抗する核大国が消えてしまったため、1990年代-2000年代に入ると、米国の核戦力の大半を通常戦争仕様に転換し、イラク・アフガンなど非核国の反米勢力の討伐に転用。軍民分離の壁が下がり、両用技術の余地が広がった。「軍民両用技術」の勧めは、この時代の特殊な条件の産物。後半の2001年以降は、中東・中央アジアのペトロ(石油・天然ガス)資源制覇のため、米国は戦争をしかけた。しかし20年間に7兆ドルもの巨費を投じたにもかかわらず、中東から総撤退に追い込まれた。この間に中国が躍進し、ロシア(北朝鮮・イラン)も復調してきた。

Ⅲ.「核―安全保障国家」=米国の逆襲が始まった(2017年―)
 2017年12月にトランプ政権の安全保障政策「国家安全保障戦略(NSS)が公表された。これまでの主敵は、イラン・北朝鮮の「ならず者国家」と国際テロ組織だったが、今後は中国・ロシア・イランが主敵となった。とくに中国・ロシアについては、米国中心の国際秩序に対する挑戦者として位置付けられ、宇宙核戦争を辞さぬ覚悟で戦い抜く戦略が示された。

勝利型核抑止派が主導権を握りつつある

1)トランプ時代の「宇宙軍」創設

2)現政権下の核態勢の見直し

3)米軍主流は、「努力すれば核戦争の勝利」は可能というタカ派的立場を堅持
 今日も核兵器部門の数万人の米軍人が学ぶ「ガイドブック教本 “Nuclear Deterrence in the Age of Great Power Competition”(Alan Kaptanoglu, Stewart Prager, US Defense To Its Workforce: Nuclear War Can Be Won, Bulletin for the Atomic Scientists,Feb.2,2022 を参照)

4)2023年9月26日、ユン・ソンニュル(尹 錫悦)韓国大統領が、「北が核攻撃を始めたら、北の体制の崩壊に終わり、「わが方は勝利するだろう」と発言。

5)米国議会の超党派委員会の最終報告書 “America‘s Strategic Posture” Oct.2023が語るもの

Ⅳ. 「勝利型核抑止」=敵の核戦力総つぶしのカギは何か

1)敵の核戦略の本当の姿を覆い隠す「霧」
 北はMADだけを狙い、中ロはMAD・NUTSの両向きの模様。

2)敵の「核の槍」に生じた技術革命――「HSV」(極超音速巡航飛行体)、「HGV」(極超音速滑空飛行体)、衛星を兼ねた宇宙機(SV)(藤岡 惇「極超音速ミサイルの衝撃――宇宙核戦争に勝者はいるか」、『世界』2022年1月号)、ロシアも「核推進巡航ミサイルのプレヴェスニク」開発を公言(核推進のターボジェットで時速850-1300キロ、最低高度は25-100メートルで、数カ月間の連続飛行が可能、Sputnik,2023年10月18日)。 

3)敵の核戦力総つぶし実現の見通し
 米国インド太平洋司令部「統合対空・ミサイル防衛」2028年 

4)活路は、40年前と同様に、半静止型宇宙飛行体からのレーザー砲攻撃となろう
 敵のミサイル基地は、深海の潜水艦に置き換わる。唯一の対抗策は、40年前の同様のアイデアへの回帰――核ミサイル発射基盤の上の宇宙低層の狭い空域を巡回できる宇宙飛行体を多数配置、レーザー砲を搭載し、深海の潜水艦から発射される敵の核ミサイルを捕捉・撃破していくこと。詳細は、レーザー砲を搭載する無人の宇宙飛行体X37を取材した河津幸英『図説 米中軍事対決』2014年11月、三修社。

5)なお残る隘路

①HEMP(低宇宙からの電磁パルス)による電気・サイバー空間の麻痺――「核の闇」攻撃

②中ロ北による原発攻撃、占拠。核機雷を爆発させて、大津波をおこすと威嚇する動きも
 ⇒⇒結局は宇宙核爆発と原発爆発に行きつく公算が大

6)「宇宙核戦争勝利国家」を築く総コスト

核攻撃されたばあいの環境影響調査をRECNA(長崎大学核兵器廃絶研究センター)の「核リスク低下の国際プロジェクト」の重要性(2023年3月)

◇大都市攻撃のばあいは、火焔の海に「核の冬」

◇1950~80年代と同様の「軍民分離の壁」の成長 ミルスペックからニュークスペックの経済という「核冷戦時の負の影響」が再現。イーロン・マスク、ウクライナによるクリミアでのスターリンク稼働要請を拒否(ウオルター・アイザックソン『イーロン・マスク』文芸春秋、2023年9月、下巻、167―174ページ)。

Ⅴ.「敵基地攻撃しても、核戦争にはつながらぬ」は、正しいのか

1)たしかにNUTSの主役は精密誘導の非核ミサイルに変わった。しか米国の情報力をもってしても、敵の核基地と非核基地を区別し、非核ミサイル基地だけの選択的攻撃など不可能。

2)「標的」たる敵の核戦力を選定するのは米軍。日本は与えられた任務を遂行するだけ。「独立した指揮権」を要求する韓国左派との違いが、こんご顕在化するだろう。

Ⅵ. 日本がどれほど加勢しても、「ドル覇権の解体」は避けられまい

20年間の米英のイラク・中東戦争の失敗を受けて――米英基軸の1極覇権主義体制は自壊、多極分散体制に移りつつある。

1)米英基軸の「軍産―情報(諜報・サイバースペース支配)―金融資本主義ブロック」

2)国権・資源・開発資本主義ブロック(中国・露・イラン・サウジ・南アなどにハブ)

BRICS+産油・資源国の合体の動き インフレに耐えられる価値保存手段として、「金―資源本位制」という19世紀的な国際通貨制度への復帰の動きを主導。

3)2つの覇権国(グループ)から距離をおく中小国・「市民社会」グループ

Ⅶ.「生き残りたい」なら「抵抗」を

1)「核使用リスクの低下めざして、MAD派と廃絶派との共闘

2)核先制不使用

3)攻撃型兵器と原子力の宇宙配備の禁止、宇宙インフラへの攻撃も同時に禁止

4)ICBMの禁止。MADの保障として、核ミサイルは各10隻の潜水艦搭載分だけとする

5)宇宙の核戦争利用、宇宙産業への核戦争勝利型基準の適用に反対するイーロン・マスクなどとの共通土台が広がる可能性

6)朝鮮戦争休戦協定から70年、北朝鮮との紛争をどう解決するか
 北への核先制・首切り型攻撃をしないことを約束し、70年を経て、終戦を宣言すべき

7)ウクライナを舞台とする米英とロシア間の「代理戦争」をどう終結させるか

◇米英の諜報複合体・ネオコンによる20年来の「工作」をどう見るか

 スターリン型「共産主義」に幻滅した東欧系トロツキストが「ネオコン」に「進化」。大御所=ドナルド・ケーガンの2人の息子ーフレデリック・ケーガンの配偶者がキンバリー・ケーガン(戦争研究所を創立し、ウクライナ戦争をモニター・誘導する中心人物)。もう一人の息子のロバート・ケーガンの配偶者がバンデン政権の国務省ナンバー2のヴィクトリア・ヌーランド(マイダン・クーデター後のウクライナ戦争に至る動きを、英米系軍産複合体の管理下に置こうとしてきた人物。神保哲生「ネオコンとロシアーーウクライナ戦争のもう一つの視座」日本構想フォーラム、2022年8月23日、https://nihonkosoforum.org/report/20220823/ )。

(日本平和学会、2023年秋季研究集会の予稿集より)