「庶民の自由大学院――働きつつ、探究・表現する無償の交響ネットワーク」を新名称として推す理由
藤岡 惇
Ⅰ.「社会人大学院のオルタ・モデル」にむけてーー「友好的論争」の展開を
基礎研創立(1968年10月)から8年後の1975年10月に「夜間通信研究科」が発足しました。私は専従スタッフの一員として、発足を支えました。49年前のことです。
名称の原案は、「働きつつ学ぶ権利を担う」「夜間通信大学院」でした。しかし「学位を授ける正規の大学院」と誤解されるので「大学院」の名称使用は避けるべしとの文部省筋の示唆があったため、「研究科」に改めて、発足しました。
それから29年後の2004年9月、名称を「自由大学院」に改めます。当時は新自由主義的な大学改革が本格化し、社会人大学院が急増しだした時。学位を授けないかわりに政府の規制も受けぬ「自由学校」が市民権を獲得し始めた時期でもありました。「自由大学院」を名乗れば、今度は政府も干渉してこないだろう。と同時に「大学院」を名乗ることで、あれこれの「社会人大学院」とも競い合い、鍛えてもらえるだろう。庶民の自己探究運動(北欧のフォルケ・ホイスコーレやユネスコの生涯学習=探究の人権宣言など)に学びつつ、社会人の自己探究運動の「オルタ・モデル」の理想めざし、成長していこうとしたわけです。
基礎研内のこの方向の模索については「基礎研50年の歩み」をご参照ください。
「自由大学院」に改称して19年半がたちました。さらなる改革をどう進めるかをめぐって、ここ数年、議論を重ねてきました。2021年1月に「市民科学者の成長支援検討小委員会」が設置され、和田幸子、田中幸世、平松民平、後藤康夫、藤岡 惇が委員となり、22年初まで、1年間活動しました。自由大学院の積極面は継承しつつ、ガバナンスや成長支援の面で生まれた弱点を是正していく方策を探究しだしたわけです。
2022年春になると舞台が入れ変わり、大西 広さんをまとめ役として「教育研究支援委員会」が結成され、23年9月の基礎研総会にて、改革案が提起されました。私も原案づくりに参画し、ガバナンス面・教育研究支援面の改善策には、すべて賛成しました。
ただし賛同しがたい点が、一つ残っています。「自由大学院」という名称を廃止し、「研究科」という旧名の復活を提起している点です。
「自由大学院」に込められた理念については、これを否定せず、バージョンアップ(発展的継承)していく立場に立って、新名称として「庶民の自由大学院――働きつつ探究・表現する無償の交響ネットワーク」を提案します(太字が付加した部分)。
Ⅱ.「ソ連型社会主義」の崩壊、新自由主義の制覇に伴う 3つの情勢変化
その1――「社会人大学院」をめぐる2つの道
――労働力商品の「技能転換・品質アップ」の道か、「主権者としての発達権」保障の道か
2002年に「専門職大学院」の制度化などの一連の改革が実施され、「働きつつ、学び、研究する」を謳う「社会人大学院」が本格的に展開する時代となりました。『社会人大学院ガイド』(リクルート社)の2023年版を読むと、20年余の間に、大きな変化が生じたことが分かります。この本には、社会人大学院290校(通信制大学院16校を含む)が掲載されています(国公立関係の大学院、NHK学園などが抜けているので実数はもっと多い)。各校が傘下に3つの研究科を擁しているとすれば、研究科の数は870。各大学院の在籍院生数を100名とすると、総数は、3万人を超えています。過去20年間の卒業者数は、10万人を超えているでしょう。
どのようなカリキュラムが多いのか。「退職年齢の引き下げ」、ジョッブ型(職務給)雇用への移行をにらみ、キャリアアップやリスキリングのための学修や新事業の構想・企画に重点を置いたものが目立ちます。
学費負担額も半端ではありません。年学費100-150万円、博士学位取得には500-600万円を要することが普通です。巨額の「投資」を行うわけですから、社会人院生の多くが、キャリアアップ=年収増を実現し、「投資回収」に役立つと目される分野に学修の範囲は限定され、「コス・パ」「タイ・パ」の向上に励むのは必然となります。
現役の社会人院生たちの手記を読むと、「働きつつ学び研究する」苦労話が満載されています。重い学費を負担する苦しみ、教育投資に見合う収益があるのか、といった不安が渦巻いていることも分かります。
その2――ソ連の崩壊を受けて、古典的大理論の信用が弱まるとともに、試行錯誤による探究、実践による検証が重視される時代となった
天下大動乱の時代が到来するとともに、理想的な未来社会づくりを探究する意欲が盛り上がる時代となりました。生命観、人間観の土台から探究するとともに、実践面の試行錯誤を繰り返すなかで教訓を引き出し、理想の「未来社会」論を探究し、探究の成果をユーチューブなどの多様な作品として「表現」し、仲間同士で「交響の共同体」を築こうとする動きも目立ちます。
その3――「生涯探究・表現・交響の人権宣言」を推進するユネスコ運動再興の兆し
1985年の3月29日の第4回ユネスコ国際成人教育会議は、以下の文言を含む「生涯学習=探究の人権宣言」をまとめ、基礎研運動にも深い影響を与えました。人権の中核に座るものは何か。それは「読み書きの権利であり、問い続け、深く考える権利であり、世界を読みとり、歴史をつづる権利であり、想像し、創造する権利である」。この人権を武器にすれば、「人々を、なりゆきまかせの客体から、自らの歴史をつくる主体=主権者に変えて」いけると。抑圧されてきた「庶民」をエンパワーし、主権者としての統治能力を形成することこそが、社会人の生涯探究の目標だと、直截に述べています。グローバルサウスの台頭にも支えられて、再びユネスコ運動は上げ潮の時を迎えるでしょう。
Ⅲ.「オルタ・モデル」としての「自由」の理念――「自由」の9面体
「自由」の理念を9面体のたとえで説明します。主流の社会人大学院のばあい、これら9つの面は実現困難なものばかり。他方、基礎研「自由大学院」のばあい、多少とも実現されたものばかりです。こんご完全実現に向けて歩んでいきたいものです。
自由① 主権者にふさわしい変革主体能力を体現する「高度自由人」への成長――それが自由大学院の使命
自由② 働きつつ、無償で探究・表現し、交響できる「自由」――それこそ至高の人権
平均的な「社会人大学院」のばあい、少人数教育の必要もあり、年100万円ほどの学費を徴収されます。わが自由大学院の場合、学費という概念がなく、無償です。基礎研という学術会議登録の学会=使命共同体=アソシエーションを維持する会費負担が必要となるだけで、年間1.2万円(所友費)か年間1.5万円(所員費)という共通経費を分かち合うだけ。
自由③ 入会当初から対等平等で尊敬しあう市民=同僚の関係に
2015年3月に基礎研規約の改正を行い、基礎研への入所資格に、経済にかかわる論文の作成を求める条項を廃止しました。入会すれば即、基礎研という「学術会議登録の学会」の正式メンバーとなり、対等平等の「同僚」となります。選挙で当選すれば、どなたでも基礎研の理事長や理事に就任できますし、基礎研=自由大学院の運営に全面参画できます。
なおこの面=特質は、PARC自由学校の組織原理と同じです。詳細は『PARC自由学校2024』http://www.parcfs.org を参照。基礎研のモデルとなる優れた組織です。
自由④ どのようなテーマや理論であれ、自由に、探究し、発表・表現できる。
「規約」によれば、基礎経済科学研究所は、「経済科学を自主的・集団的に研究し、働きつつ学び研究する権利を保障し、経済科学の創造的発展と研究能力の発展とをつうじて、働く人びとの人間的発達と社会の進歩に貢献することを目的とする」と謳っています。したがって自由大学院では、どのようなテーマにも自由に挑戦できますし、マルクスを含む政治経済学の潮流についても探究できます。
自由⑤ 学歴・学校歴・国籍不問、無試験で、いつでも誰でも、自由に入会できる。
1980年代以降の北欧諸国が実施した「社会人の生涯学習権」保障運動の成果を、自由大学院は継承してきました。
自由⑥ 死ぬまで在籍できる。
現実には50年在籍して、基礎研・自由大学院を居心地のよい「居場所」にして、ライフワークの制作・表現に挑戦されている方が少なくありません。
自由⑦ 自由で開放的なネットワークのなかで成長できる
働きつつ学ぶ権利の実現を志向する多彩な「学びの場」や「学会」、「働学研」研究会などと基礎研は連携・協同しています。このようなネットワークの一員となり、オープンなスタイルで「主権者・勤労市民」として成長していけるわけです。
自由⑧ 公的な学位の取得や人脈つくりの希望者にも、適切な助言と支援を行う
私たちの組織は自由大学院なので、「修士」「博士」といった学位を授与することはできません。他方で、「修士号」や「博士号」といった公的な学位の取得を希望している人には、必要な助言やサポートを行ってきました。その結果、正規の大学院などでも学修し、多数の方が博士号や修士号を修得されました。
自由⑨ 自由で安全な居場所、生涯発達のためのベースキャンプ
社会人大学院のばあいは、学位を取得できれば、即卒業になりますが、学費は無償ということもあり、学位取得後は、自由大学院に戻られる方が多い。自由大学院は、生涯発達の「ベースキャンプ」となっているのです。
「自由大学院」に「庶民(FOLK)の」という一句を加えませんか
世界の勤労者の生涯発達権保障の金字塔――デンマークのFolk Highschool、米国南部のハイランダーフォークスクールにあやかり、Folk(庶民)を付加したいです。オルターナティブ・モデルをめざすという志向性がいっそう鮮明となるでしょう。
Ⅳ.「自由大学院」という名称のせいで、「活動力の低下」が起こったのか
大西さんは、「自由大学院への名称変更の後に、活動が急速に低下、各ゼミの実態把握の不足」が起こったと述べておられます。
「前進面」もーー産湯と共に赤子を流すな
自由大学院への改称後に、自由なテーマでのゼミづくりが広がりました。私がチューターを務めるゼミも、「エコロジカルな人間発達ゼミ」に改称できるなど、多大の恩恵を受けました。「活動力の低下」があったとすれば、その根源は名称ではなく、「ガバナンス」の問題にあった。その核心にあったのは、20年来の「不団結」の問題にあったと考えます。今次の改革を成就させることで、過去の傷を癒し、大同団結をはかりたいと思います。
Ⅴ. 生涯探究の人権を担うため、1千万円の寄付を募ろう
来年10月、「夜間通信研究科創立50周年」の秋を迎えます。この節目の年に、「ユネスコの生涯学習=探究権を担い、本格的な無償の交響共同体を生み出す」という目標を掲げて、募金活動を展開しませんか。基礎研40周年には350万円、7年前の50周年の際には、434万円の寄付を集めることができました。
基礎研第1世代の先輩たちが鬼籍に入りつつある現在、遺産の遺贈などから大口寄付を獲得する好機です。1千万円程度の募金は不可能ではないと思います。そのためにも、大同団結できるような「改革」を成就させたいと願っています。