米国「ミサイル防衛見直し」の衝撃

藤岡 惇

                   「宇宙に平和を!地球ネット」理事

立命館大学名誉教授

 2002年6月に米国はABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約を破棄し、ミサイル防衛(MD)の取り組みを再開した。「迎撃ミサイル開発は、国際テロ勢力と『ならず者国家』から米国を守ることが目的だ」という当時の米国の説明を受けて、ロシア・中国は、条約破棄を黙認した経緯がある。実際、前回の「弾道MD見直し報告書(2010年)」には、こう記されている。「警戒すべきは、北朝鮮・イラン・シリアなど『ならず者国家』の通常ミサイル。ロシア・中国は友好国であり、両国の核ミサイルを標的とはしない」と。

 2018年1月トランプ政権は、「米国の国家防衛戦略」を大きく転換した。「主敵」は「ならず者国家」から中国・ロシア・イランに変更された。これら3ケ国を無害化するまでは、核戦争や宇宙戦争を辞さぬ覚悟で長期にわたって戦い抜くという基本戦略が示された。

8年ぶりのMD「見直し」

 昨年は、8年に一度のMD「見直し」の年だった。基本戦略の激変を受けて、MD方針はどう変わるのか、世界は注目した。予定を遅れること5ケ月、「MD見直し報告書2019年」が本年1月に姿を現した。

 MDの目的については変更されなかった。有事の際、米軍と同盟軍の作戦を妨げようと、敵はミサイル発射などを仕掛けるだろう。これを排除し、米国の戦争システムを守り、作戦を勝利に導くことが目的だと書かれている。「日本国民の命と財産を守る」というのは、MD本来の目的ではないのだ。

 今次見直しによって、MDの中心テーマは、「ならず者国家」相手の通常ミサイル防衛から、中ロ(ばあいによると北朝鮮)相手の核ミサイル防衛に変質した。これに伴い、次の5つの課題が生まれたと報告書は指摘する。

 第1に、核ミサイルのばあい、爆発が起これば多大の影響が及ぶので、撃墜が至上命令となる。

 第2に、これまでは弾道ミサイルが相手だったが、高度・進路・速度を自在に変更できる巡航ミサイルを中ロは開発中だ。この種のミサイルの撃墜という難事に挑戦しなければならない。

 第3に、中ロは、マッハ5以上で飛ぶミサイルを開発中だ。このような「極超高速」ミサイルを捕捉・撃破するという難題も浮上した。

 第4に、発射直後の低速上昇段階を過ぎると、ミサイルは、一基あたり数個から数十個の再突入体(囮も含む)に分れ、猛スピードで異なる方向に飛ぶので、撃墜は極めて難しくなる。これらの技術的難事をすべて解決できる秘策がある。①先制攻撃を行い、発射前に撃破すること、②発射を許した場合、低速上昇段階での撃墜に全力をあげることだ。

 第5に、先の①②に失敗したばあいに備えて、要所に迎撃ミサイル基地を設け、中間・到達段階での撃墜も試みる。そのため地上発射型迎撃ミサイル数を現在の44基から4年後には64基以上に増強する。

MDが招く危険な世界

 確認すべき第1点は、敵ミサイル基地への先制攻撃がMDの成否を決める要点だと強調され、敵基地にたいする先制攻撃が米国MDの基本方針となったことだ。①米国の先制攻撃を支える尖兵となる。②生き残った中ロの核ミサイルが米国に向かったばあい、中ロの報復第2撃から米国中枢を守る「盾」となる。これが、米国MDが日本に求める任務の基本となった。

 第2に、敵のミサイル発射の予兆を察知したばあい、先制攻撃に移るために、多数の高性能センサー(感知体)を天空に配備する方針が明確にされた。数百の「宇宙センサー(感知体)」が天空を回り、地上のXバンドレーダー網と連携して、「宇宙状況把握」を行うことになるだろう。

 第3に、指向性エネルギー(ビーム・光線)兵器の開発が強調された。超高速の核ミサイルを撃破するには、これまでの物理的な衝突エネルギーに頼るだけでは間尺に合わない。

 今次報告書では、稲妻の別称をもつF35戦闘機の先端部にレーザー兵器を配備する課題が明示された。と同時に6カ月以内にもっと斬新な対策の提起が約束されている。恐らく1980年代に検討されたような軍事衛星に光線兵器を搭載する構想、90年代に検討された「ブリリアント・ペプルス」(輝く宝石)型のミニ衛星や衛星軌道と成層圏を往来する「宇宙飛行体」を天空に散開させる構想などが予想される。

 まさに1980年代のSDI(戦略防衛構想)の高次復活の時代が始まった感が深い。天空を支配する者は地上も支配できる。トランプ大統領は世界最強の宇宙軍を率いる総司令官というブランドを確立し、その力で、落日の米帝国を支えたいのであろう。

核軍拡・宇宙軍拡ストップへ

 米国のMD見直し報告書を受けて、ロシアは、「マッハ27で飛ぶ極超音速の槍(アバンガルド)をすでに開発した」と声明し、宇宙規模の核軍拡競争の挑戦は受けて立つと述べた。他方、米国のトランプ政権は今年の2月2日、中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄をロシアに通告。ロシアもただちに離脱を表明した。

 事態がこの方向に推移すると、米国の戦争システムの弱点である宇宙資産への攻撃、サイバー空間・原発空間への攻撃を誘発する可能性が高い。宇宙規模での核戦争となった場合、電磁パルスの発生に伴う地上の電力網の全系崩壊(ブラックアウト)が起こり、長期にわたり地上は「核の闇」に覆われるという予測がある。どの程度正しいのか、環境の事前調査が待たれる。

 核保有5ケ国は、「核兵器禁止」には反対しているが、①宇宙軍拡競争の停止、②宇宙兵器の先行配備の禁止といった分野では分裂している。2018年秋の国連総会の評決を見ると、ロシア・中国はいずれにも賛成、米国はいずれにも反対、英仏は①には賛成、②には反対という中間的態度をとった。この分裂を活用し、宇宙兵器・宇宙戦争禁止を求める声を核兵器禁止に合流させるにはどうしたら良いのか。検討を深めたい。

              (『経済』2019年4月号、8-9ページ、一部補充)