――池上 惇さんの導きに感謝
「多くの人が同じ夢をみるようになる時、夢は現実となるでしょう」(オノ・ヨーコ)
藤岡 惇
かつて「マルクス・レーニン主義」(ボルシェビズム)と呼ばれる潮流がありました。軍隊的な規律にもとづく「前衛党」を築き、その力で生産力を形成できれば、資本主義が未発達な国であっても、資本主義を越えた理想社会を築くことは可能だと説く潮流でした。
50年前の話です。私が20歳代の頃、京都大学の経済学部や大学院の場で親しんできたのは、この種の考え方でした。「マルクス・レーニン主義」の考えに囚われた人々は、その後閉塞し、影響力を失っていきました。
幸い私の場合、比較的早い段階で「マルクス・レーニン主義」の呪縛から脱却できました。米国の公民権運動を探究するなかで、「非暴力的で穏健な(一定期間は国家や資本の善用を許す)アナーキズム(協同組合主義)の潮流ーーキリスト、トルストイ、ガンジーから宮沢賢治、ノーム・チョムスキー、ジョン・レノンに至る潮流に関心をいだき、マルクス主義とアナーキズムという2大潮流の高次統合を試みてきたおかげです。
後者の潮流をジョン・レノンに代表させましょう。「マルクス・レーニン主義」から「マルクス・レノン主義」への脱却というのが、わが半生のテーマとなったのです。とはいえ「レーニンのレノンへの脱皮」というのは容易な課題ではありません。ガンジーはソ連の体制とは一線を画していましたし、宮沢賢治のばあいも、レーニンの「国家と革命」を読んだ後に、「これはダメですね。日本に限って、この思想による革命はおこらない」と述べていたそうです(大内秀明『日本におけるコミュニタリアニズムと宇野理論――土着社会主義の水脈を求めて』2020年、社会評論社、150ページ)。
「レーニンからレノンへの脱却」プロセスで、導き手となったのは池上 惇さん。1975年に発足した基礎研の「自由大学院」(当初は「夜間通信研究科」を名乗る)がその舞台となりました。
①憲法を暮らしに生かす運動、②労働者と知識人の同盟の思想、③『資本論』学習の伝統を基礎研運動の3つの源泉だと池上さんは指摘していました。「人間発達の経済学というのは、・・・捉え返しの経済学。・・・基礎研とは労働者が科学や知識を自分自身に取り戻す・・・試みです」とも述べています。
最近、日本共産党の社会科学研究所が音頭をとるかたちで『資本論』の新訳が出されました。①生産力と生産関係の矛盾、利潤率の傾向的低下、恐慌といった経済現象に、未来社会への変革契機を求めるのは正しくない。政治、社会、自然といった領域にも視野を広げないと、変革主体の形成を追求できないこと。②工場法など、経済民主主義の実現を通じた「ルールある経済社会」の形成こそが、「未来社会」にいたる大道であること。③自由な時間の潤沢な創出を、マルクスは未来社会づくりの核心に置いていたこと。
「潤沢な自由時間」の創出を、森羅万象(動植物、山河、文化遺産)のなかにケアの主体性を見出す新たな「遊び・ケア文明」の展開と結びつけて欲しいところですが、それは望蜀の願い。いずれにせよ、「資本論」を修正資本主義=経済民主主義的改革の導きの書として読み直すべしと呼びかけられた池上さんの天才的な着想が結実し、大きな花を咲かせたわけです。
3年前に基礎研は創立50周年を迎えました。記念講演に立たれた池上さんは、イタリアの革命家アントニオ・グラムシから学ぶ意義を強調された。グラムシは、こう述べています。「知識人は考えることは出来るが、感じることは出来ない。民衆は感じることは出来るが、考えることは出来ない。知識人はもっと感じ、民衆はもっと考えよう。『知識人と民衆との弁証法』を介して、大量の『有機的知識人』が生まれる時、壮大な歴史の変革が始まる」と。「イノチ輝く市民科学者への成長」を使命とする基礎研や市民大学院の魅力の源泉をずばりと言い当てておられますね。
たしかに新自由主義の制覇の時期には、マルクス評価や大学改革への「対応」をめぐって、複雑な問題があったことは否定できませんが、新自由主義の否定面が全面化してきた今日、池上さんとの共通項がぐんと広がってきた気がしています。
最近、2冊の本を読みました。一つは、ブレイディみかこ『他者の靴を履くーーアナーキック・エンパシーのすすめ』。もう一つは、ルトガー・ブレグマンの『ヒューマンカインド 希望の歴史――人類が善き未来をつくるための18章』。いずれも文芸春秋社から1か月前に刊行された本。穏健なアナーキズムに立脚する良書です。人類史の99%を占める原始共産制時代の「イノチ輝く人間発達」の姿をアナーキスト人類学は盛んに発掘しています。「マルクス・レノン主義」に立脚するアナーキスト経済学を創造するという課題で、協力できることを願っています。
(『池上惇先生米寿お祝いメッセージ集』2021年8月21日、45-47ページに所収)