次なる「核戦争X」を阻止するために

――核兵器禁止条約を広げつつ、核の先制使用と宇宙兵器の禁止に取り組もう

およそ学問とは好奇心の産物だが、一つだけ例外がある。
それは平和学。平和学は恐怖心の産物であった。    

    

藤岡 惇

 本誌の5月号に「宇宙核戦争への参戦が日本の公益なのか」という論文を書かせていただいた。論文の末尾は、次のような示唆で終わっている。「1950年3月から始まったストックホルムアピールは、①核兵器の禁止、②核戦争の阻止(=核兵器の先制使用禁止)を柱にした簡潔なものであった」。このアピールは、「最初に原子兵器を使用する政府は、人道への罪を犯すものであり、戦争犯罪者として取り扱われる」と訴えることで、人々の心を捉えた。それ以降、日本の平和運動は、①核兵器の禁止、②核戦争の阻止を2本柱とする運動に取り組んできた、と。
 「世界終末時計」という指標があることをご存知だろうか。核戦争が今現在、どれほど切迫しているかを示すため、毎年1月に核問題専門誌の「原子力科学者雑誌」が発表してきたものだ。これによると初年(1947年)の世界終末時計の分針は、核戦争勃発7分前を刻んでいた。冷戦ピークの1957年は2分前まで進んだが、ソ連が解体した1991年には17分前に引き戻された。その後米国と中国・ロシアとが核兵器を構えて対抗するという関係が消えたので、23年ほどの間、安心ムードの歳月が流れた。
 ところがロシアがクリミア半島に侵攻し、同半島を併合した2014年前後から核大国間の緊張が高まった。その結果、分針は、2018―19年に2分前に進み、2020-21年になると、史上最短の1分40秒前と評価されるに至った。
 もしこの評価が正しいとすれば、私たちは今、未曽有の「核戦争の危機」に直面していることになる。しかし私たちの周辺で、この種の「恐怖心」を抱いている人は多くない。終末時計の作成者は「オオカミ少年」の類なのだろうか。
 本誌7月号に掲載された「日本平和委員会の2021年度活動方針」を読ませていただいた。「敵基地攻撃軍拡」という規定など、共感する所が多いが、「終末時計」の警告には、どの程度の根拠があるのかも精査してほしかった。「正当な恐怖心」をもたぬ限り、「次なる核戦争」は阻止できないし、「核兵器の禁止」にも接近できないからだ。
 本稿では、次なる核戦争を「X」と名付け、その内実をさぐってみようと思う。

Ⅰ. 基礎レッスンーー核戦略をめぐる3つの潮流と本稿の課題

 軍事作戦の場において、核兵器にどのような役割をあてがうべきか。この点をめぐって米国では、多彩なグループが分立し、論争してきた。とはいえ煮詰めていくと、3つの陣営に整理することができる。

A.核のタカ派――核の先制攻撃を辞さず、敵の報復には、核ミサイル防衛網で封殺せよ。この態勢さえあれば核戦争になっても一方勝ちできるので、核戦争を恐れるなと説く陣営
 「核のタカ派」は、敵の核戦力を壊滅させることを重視する。この態勢ができれば、核戦争になっても圧勝できるし、核戦争を限定し、有利な形で終えることも可能だと説く。キューバの核危機が始まるまで、米国の核戦略家のほとんどは、「核のタカ派」に属していた。「キューバ危機」後も、この立場に立つ核戦略家は影響力を残しており、トランプ政権下では実権を握るに至った。日本の防衛省に近い核「専門家」には、この種の論者が多い。

B.核のハト派――核戦争には勝者はないことを認めるが、核戦争を阻止するため、当面は“MAD”な核抑止力に頼るほかないと説く陣営
 前稿で私は、1962年10月のキューバ核危機の直面する中で、ケネディ政権が核戦略を転換した経緯を紹介した。要約すると、当初ケネディ大統領は、「核のタカ派」の立場から、ソ連に圧力をかけた。しかし「ソ連にたいする先制核攻撃を決行すれば、米国も滅びるのではないか」という不吉な予感にケネディは戦慄し、話し合いで解決する方針に転換した。その結果、「ソ連側はキューバから核兵器を撤去する、そのかわり米国はキューバに軍事侵攻し、カストロ政権を転覆しない」という合意に達し、核危機は政治的妥協によって克服された。この転換の結果、緊張緩和(デタント)の時代が始まり、核の先制攻撃を相互に放棄しあう時代、共倒れを運命づけることで核の先制使用を抑止するという役割に核兵器の使命を限定・縮小しようとする「MAD」の時代に入った。
 MADとは「相互確証破壊」(Mutual Assured Destruction)の頭文字であり、「核戦争に勝者なし=共倒れ」を運命づけることで、核戦争を抑止しようとする戦略思想のこと。MAD状態を安定させるために、1972年には核ミサイル防衛を放棄しあう条約(ABM条約)が締結された。この系譜を継ぐ戦略家たちが、Bの陣営=核のハト派を形成する。
 「核のタカ派」とは異なり、核戦争になれば、勝者はいなく、敵味方とも共倒れすることを彼らは認める。この点では「核の廃絶派」と同じだ。
 どうしたら核攻撃を抑止できるのか。その方策を考える段階で、「廃絶派」との違いが生まれる。大元の核兵器をなくせばよいと「廃絶派」は無邪気に宣うが、現実は厳しい。もし独裁国家が現れ、核兵器を秘密開発したら、独裁者の一人天下になってしまう。核抑止の力を用い、MADを維持する他ないと「ハト派」は言う。核攻撃をされても、敵の大都市を壊滅させるだけの報復用核兵器を準備しておき、MADの状態を作り出す能力を貯えておかねばならぬ。MADには「狂った」という意味もあるが、このような「狂った」方策を用いない限り、核戦争を抑止し、平和を維持できないという「悲しい現実」に向き合ってほしいと。とはいえMADの維持に、核兵器の役割を限定するため、一定の核軍縮はできるだろう。敵国の大都市を狙う核ミサイルを積んだ原子力潜水艦を深海に潜ませておくだけで十分かもしれないと「ハト派」は語ってきた。
 この見地は、オバマ政権の時に鮮明に現れた。2009年4月にオバマ大統領は、プラハの地で「核兵器のない世界」への夢を語る演説を行い、こう語った。いつの日か核抑止の必要がなくなり、「核兵器が不要になる日が来てほしいと願う。私が生きている間は、恐らく核なき世界の実現は無理であろうが、この夢は追い続けたい」と。

C. 核の廃絶派――核戦争には勝者はいないことを認め、核戦争を阻止するためにも、核兵器の廃絶をめざせと説く陣営  
 どれほど核の先制攻撃を行い、どれほど核ミサイル防衛の壁を築いても、いったん核戦争が始まれば、どの国も核戦争に圧勝できず、共倒れする。したがって核戦争を戦ってはならぬとする点では、「核のハト派」と「廃絶派」に違いはない。違いは核戦争を阻止する方法にある。厳しい時代が続く限り、核戦争を阻止するには、核の抑止力に頼らざるをえないとするのが「ハト派」。人類の叡智に依拠するならば(数千万の市民が核兵器の秘密開発国を監視するなど)、核兵器そのものを廃絶し、核戦争を発生源から絶つことができようと説くのが、「廃絶派」だ。
 本稿では、次の3つのテーマを考えてみたい。
 第一に、次なる「核戦争X」の内実を探ってみたい。最近、防衛省に近い筋だけでなく反核平和運動の側からも、このテーマに肉薄する労作が出版されている。本稿では、それらの成果を紹介しつつ、次なる核戦争とは何か、「核戦争X」の正体に接近したいと思う。
 第2に、「核のタカ派」と「ハト派」は、①核戦争に勝者がいるか、②核の先制攻撃を認めるか否かという2つの点で、深刻な対立を抱えてきた。この矛盾を広げ、「タカ派」を孤立させるには、「核の先制不使用」協定の締結がカギとなるという問題を深めてみたい。
 第3のテーマは、核戦争阻止・核兵器禁止に進むうえで、宇宙兵器の禁止をどう位置付けたらよいのかという問題だ。周知のように宇宙兵器の開発が進んだ結果、核戦争が始まるとすれば、宇宙戦争が出発点となりかねない状況が展開している。35年前にレイキャビッグの地で、核兵器禁止を主題とする米ソ首脳会議が開かれたことがある。この折には、宇宙兵器の禁止が核兵器廃絶の前提である、まず宇宙兵器の禁止から始めようとソ連共産党書記長のゴルバチョフが主張し、宇宙兵器の禁止に最後まで抵抗したレーガン大統領との対立が解けず、核兵器禁止への絶好の機会を逸してしまった。この時の教訓にも学び、宇宙兵器の禁止といった視点から核戦争阻止の課題にアプローチするための方策を探ってみたい。

Ⅱ. 「核のタカ派」の復権への注目
秋山信将・高橋杉雄『「核の忘却」の終わりーー核兵器復権の時代』(勁草書房、2019年6月)
 『核の忘却の終わり』という本書のタイトルは絶妙だ。米ソ冷戦がソ連側の敗北で終わった結果、国家間の核交戦の防止といった課題が眠り込み、忘却される状態が25年間続いた。2014年のロシアのクリミア半島侵攻・併合、2017年のトランプ政権の誕生をきっかけに、「核兵器の復権」という現実が生まれてきたと本書は説く。とくにトランプ政権の「核作戦態勢の見直し2018年」では、「核攻撃を抑止することが核兵器の唯一の目的ではない」と明記した。つまり「核のハト派」の立場を拒否し、「核のタカ派」として行動すると宣言し、核戦争に勝利するという任務を高く掲げたわけだ。本書の副題の「核の復権」とは、正確には「核のタカ派の復権」のこと。トランプ政権は、実際に、通常紛争のばあいでも核兵器の先制使用を公言し、使いやすい低出力核を開発し、配備しようとした。本書に付加すれば、トランプ政権は、翌年に「ミサイル防衛見直し」文書を公にし、核を搭載した敵の核ミサイルであっても、宇宙から完全撃墜する目標を追うことも宣言した。つまりトランプ政権は、1982年のレーガン政権と同じ立場、MADを否定し、「核戦争の勝利」戦略に立つことを宣言した。核兵器の使用が現実的に考慮される「第3の核時代」に入ったという新しい時代にはいったこと、そのリスクを直視すべきだと編者の高橋杉雄さんは述べているが、その捉え方は正しく、賛同する。
 本書の続編をなすのが、森本 敏・高橋杉雄『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛――INF条約後の安全保障』(並木書房、2020年9月)である。たしかにINF(中距離核戦力)条約というのは、「中距離核ミサイル」そのものを禁止した条約だと誤解されがちだが、本書が説くように、規制する対象は、「弾頭そのもの」ではなく、「中距離を飛ぶミサイル」の基数だけである。したがってそのミサイルに搭載しているのが核弾頭であるのか、非核弾頭なのかはチェックの対象にはならず、判らない。米軍は、日本の非核3原則を配慮して、沖縄を含む日本の陸地に配備する中距離ミサイルには、有事にならぬかぎりは核弾頭を装着しないだろうと想定できるだけだ。
 しかし米海軍の艦艇や潜水艦、空軍機などに積み込まれるであろうINFミサイルには、核弾頭が装着されることは十分ありうるし、核付きか、そうでないかを明示しないのが米軍の方針である以上は、チェックしようがない。中ロ、北朝鮮にしてみれば、これらが核を搭載しているものと想定して、対応行動をとらざるをえなくなるだろう。疑心暗鬼を刺激し、過剰対応を促す不信の構造を強めるだろう。中ロ北側が、先に核付きINFを発射しないという保証もない。
 このような仕組みは、相互不信をたえず強め、核軍拡に向かう悪循環をうみだすのだが、本書には、その点の指摘が弱い。この悪循環を断つには、「核の先制攻撃を禁止する」国際協定を結ぶ以外にないのだが、本書には、その指摘が欠けているし、「宇宙兵器の禁止」の必要についても論じられていない。

  
Ⅲ. 中ロ「覇権主義」による危険をどう見るか  
 この間、中ロ側の「覇権主義」の台頭を警戒し、中ロの対抗に抗し、「宇宙資産」防衛のため、宇宙戦争の準備が不可欠という考え方が米国側に台頭してきた。この立場に立って、中ロの「覇権主義」の危険にメスを入れた本が、米国の軍事ジャーナリストのジム・スキアット(Jim Sciutto)の『シャドウ・ウォー:中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』(原書房、2020年3月)だ。1)

ハイブリッド戦争――サイバー・宇宙戦争を先導する危険
 米国の圧倒的な宇宙覇権に抵抗するためにロシア・中国といった国家的主体が開発してきた新しい戦争システムを著者は、「ハイブリッド」(戦時と平時の境界を越えて展開される多様な主体と手法とを混合した)戦争と呼ぶ。毒殺、電子メールシステムへのサイバー攻撃、通常戦争の一歩手前にとどまり、非国家主体も使って、グレーゾーンで勝利を収めようとする非公式戦争のことだ。
 経済力の衰えは隠せないが、核と宇宙分野、天然ガスの分野ではなお強力な地歩を確保しているロシアと経済力を躍進させてきた中国とが連携して、米国の宇宙覇権=制宇宙権に挑戦しだしたのだ。
 2007年にロシアの諜報部がエストニアのコンピュータ網にしかけたサイバー攻撃に始まり、2014年3月のロシア系集団によるクリミア半島への侵攻、併合が転換点をなしたとする。クリミア併合の翌年の2015年には、中国は、南沙諸島海域のスカボロー礁に人工島を築き、中国領土と宣言し、軍事施設を設置していくことに成功した。クリミアのばあいは、戦火を交わしたが、南沙諸島では、軍事衝突なしで、中国は領土拡大に成功したわけだ。

中ロのキラー衛星との闘い
 優勢な米国の宇宙作戦能力を低下させるために、中ロ側は「対衛星攻撃」能力を強めてきたとされる。たとえば2014年5月にロシアは、「キラー衛星」と俗称されるコスモス2499衛星を打ち上げた。このキラー衛星は、米国の軍事衛星に異常接近し、レーザー光線などを照射する準備実験を繰り返し行っていた。ロシアの2機目のキラー衛星「ルーチ」は電磁力で移動でき、「宇宙機」と呼ぶにふさわしいほど操作性に優れた衛星だという。米空軍が開発した衛星軌道も飛翔できる宇宙航空機に近い性能をもっているのかもしれない。
 中国も同様のキラー衛星を2機うちあげており、2016年11月に静止軌道に打ち上げた「実践17号」は、他の衛星を捕獲するアームをもち、「人さらい衛星」と呼ばれる。
 これらは衛星に別の衛星を攻撃する兵器を搭載した例だが、地上から宇宙アセットを攻撃するレーザー砲の準備なども進んでいる。
米ソ冷戦時に締結された宇宙条約には、衛星には核兵器を搭載しないと定められていただけで、宇宙兵器を搭載しないという「取り決め」はなかった。それでも冷戦期の米ソには、衛星には宇宙兵器を搭載しないこと、地球上から「宇宙アセット」(衛星、宇宙船など)を攻撃しないという暗黙の合意があり、守られてきた。しかし2010年代半ばからはこの合意は消え去り、攻撃兵器を宇宙に配備するという事態が隠然とした形で進んできた。たとえば攻撃兵器搭載可能な宇宙機――大気圏と宇宙とを往復できる宇宙機X-37Bの実験が米国では行われている。宇宙戦争や核戦争を戦う前提として、まずは敵国の早期警戒システム、宇宙からの査察システムをマヒさせるために、宇宙アセットを攻撃する準備が進んでいる。核戦争は宇宙戦争を起点として起こるというしくみを本書はリアルに描きだしている。
 イーロン・マスクのスペースX社をリーダーに、低軌道の空域だけでも数万機の衛星が飛ぶ時代になりつつある。宇宙戦争の結末はどうなるのか。仮に核戦争に至らぬ低レベルの宇宙戦争のばあいでも、数百万個のデブリが生まれるので、その後の宇宙利用には致命的な障害が生まれよう。宇宙兵器の配備を規制する国際的取り決めが必要な段階に来ていると述べて、本書は結ばれている。よく調査されており、学ぶことが多い本であることは間違いない。

本書の限界――核戦争の圧勝体制を作ろうとしたトランプ時代の危険を無視
 トランプ政権は、成立直後に「安全保障戦略」を全面的に改訂し、主敵を非核の「ならずもの国家」から核武装した中国、ロシアの2大「修正主義国」とイランに書き換えた。
 転換の本質には何があるのか。核戦争を起こしても、共倒れ、人類共滅に終わっては意味がない。仮に核戦争が起こっても米国側は一方勝ちする。東アジアの前線国あたりには多少の犠牲が出るかもしれないが、これはやむを得ない。ただし、米国本土だけは無傷で、完勝できるという態勢を中国、ロシアに対して築き上げる。そうでないと、核抑止の脅威力はゼロ、「張り子のトラ」にすぎない。このような必勝不敗の態勢を築きあげ、瀬戸際までチキンレースの構えで脅しつけないと、中国に自分の言い分を聞かすことができないだろう。35年前の1980年代のレーガンと同様の強硬路線に戻らないと中国を屈服させられないと判断したわけだ。トランプ政権の4年間が、レーガン政権と類似した核ミサイル防衛に戻った4年間であったことの分析が弱い。
 ロシア・中国の行動は、基本的に米国側の帝国的な核軍拡行動に直面した相対的に遅れた、弱い国々の側の反作用だという面も見ていない。つまり中ロをこのような状態に追い込んだ主役が米国側にあり、米国の支配層に自省と変化を促そうとする姿勢に乏しいのが惜しい。

Ⅳ. 対中ミサイル戦争と「敵基地攻撃」軍拡の危険

 このテーマに挑戦した共同労作が最近刊行された。東アジア共同体研究所編『虚構の新冷戦――日米軍事一体化と敵基地攻撃論』(芙蓉書房出版、2020年12月)がそれだ。表紙の帯には、「『敵基地攻撃論』の破滅的な危険性と、米中軍事対決を煽る米国の『新冷戦』プロパガンダの虚構性を論客15人が暴く」と書かれている。多彩な政治潮流に属する15名の論者のパワーを結集した労作だといってよい。うち5人が平和委員会の関係者であり、企画編集者の勇断に敬意を表したい。
 前田哲男さんの「絶滅戦争を回避する対抗構想をーー「敵基地攻撃=抑止の罠」に陥る恐れ」という冒頭論文が出色の出来だ。近隣国(中ロ・北朝鮮)が日本の首都を破壊できる核ミサイルをもった時代にあって、「絶滅戦争=全面核戦争」をどう回避したらよいのかという問題を正面から提起し、「国土の非核防衛に徹した専守防衛」とはどのようなものかを示すことが火急の課題であり、この道が「日米同盟」のもとでの「敵基地攻撃軍拡」の道よりも優れており、民衆の利益に適っていることを雄弁に実証していこうとアピールしている。迫力に満ちるのは当然だ。しかし後続の論文では、非核の在来型ミサイル戦争は問題にされるが、宇宙規模の核戦争をどう阻止するのかという問題を正面から論じる論稿は少ない。
 末波靖司さん(平和委員会常任理事)は「米軍指揮による日米一体の海外出動態勢」を書いている。米軍司令官の指揮下で自衛隊が戦争できる仕組みをつくることーーここに、2015年9月に成立した安全保障法制の本当の意味があったと、末波さんは喝破する。この法制の成立によって、「米軍の陸・海・空・海兵隊の各軍種司令官が日本の陸自、海自、空自の各部隊の司令官を通じて実際に指揮するメカニズム」が出来上がり、米軍が「他国の軍隊の指揮権を握り、自国のために戦わせる」という特典を手にいれたと述べている。本質を突いたクリアな分析に感心した。

南西諸島に密着して
 自衛官だった小西誠さんの「ミサイル戦争の要塞化が進む南西諸島」は、南西諸島を取材した現地報告。小西誠『要塞化する琉球弧――恐るべきミサイル戦争の実験場』(社会批評社、2019年9月)も資料満載で、お薦めだ。南西諸島の自衛隊のミサイルの戦力では、中国の軍用機には対抗できても、ミサイル攻撃を阻止する力がなく、軍事的な合理性に欠けているなど、随所に興味深い指摘があり、学ぶことが多い。
 大久保康裕さんも「沖縄周辺での日米軍事一体化」を論じ、「核戦力と弾道ミサイル防衛」の関係についても触れている。

宇宙戦争にくみこまれる危険
 「ミサイル防衛の見直し作業は、8年に一度行われるが、2019年1月にトランプ政権は「ミサイル防衛見直し」結果を公表した。2」 この見直しは、宇宙兵器の力を借りて、「核ミサイル防衛」を復活させようとするもので、レーガン政権時代のSDI構想が30年ぶりに復活したものだと私は考えているが、3)神奈川県平和委員会の菅沼幹夫さんも、同じ文書を用いて、米陸軍相模原総合補給廠の変貌を描くとともに、ミサイル防衛の危険性を警告している。
 宇宙物理学者の前田佐和子さんは、「宇宙の軍備拡張とポストミサイル戦争」という興味深い論文を寄せている。日米共同で開発され、南西諸島に配備される予定の極超音速滑空弾など「ポストミサイル戦争」の実験場に、南西諸島がなりつつあること。日本の準天頂衛星システム「みちびき7機システム」運用を支える地上管制局・追跡中継施設の南西諸島への集中の事実を解明し、中国を包囲する米軍のミサイル戦争システムの誘導・管制システムの一環を日本の宇宙機関が担わされていることを解明している。
 注文を付けるとすれば、両論文ともに、宇宙戦争の一環であることに立証し、宇宙の戦場化を招くことに警鐘を鳴らしているが、次なる「核戦争X」とどうリンクしているのかといったところに解明のメスが届いていない面がある。

「敵基地攻撃」論批判の弱点――宇宙・核戦争とのつながりを見落としている
 中国・北朝鮮のミサイルを宇宙空間飛行の中間段階で撃墜するのが陸上イージスであったのだが、陸上イージスの設置が難しくなったのであれば、ミサイルの発射前後の段階で、敵基地の中、あるいはその上空という敵の領土のなかで、攻撃し破壊せよという要請が出てきた。これが敵基地攻撃論だとされる。
 弱点をあげると、敵ミサイルの打ち上げ前後で察知し、攻撃する以外にミサイル防衛は不可能となったという認識が弱い。敵のミサイルを中間段階で迎撃することはできないとなってくると、発射前後の敵ミサイルの破壊が不可欠となるのだ。
先の「2017年ミサイル防衛見直し」で提唱されていたように、発射前後の(核搭載の疑いのある)ミサイルを確実に撃破するには、宇宙や成層圏に宇宙飛翔体を飛ばし、レーザー兵器などで攻撃することが不可欠だ。そうなると米日側の宇宙兵器をマヒ・破壊するための衛星破壊兵器を地上ないし宇宙に配備する必要に迫られることになる。その結果、本格的な宇宙戦争となり、宇宙核戦争に至るという点にまで解明のメスを入れてほしかった。

INF軍拡への参加は核戦争を招くという展望の論証を
 新INFをもって中ロと日米とが睨み合いだすと、沖縄の陸上配備のINFを米国が核抜きミサイルだと約束したとしても、原潜や艦艇配備、のミサイルは核搭載可能だし、海から核ミサイルが発射される可能性がある。また非力な中ロ側が先に核先制使用に走る可能性がある。
 宇宙戦争やサイバー戦争が先に始まり、情報通信システムがマヒを起こし、敵の先制核攻撃が始まったと誤認して、核ミサイルの発射にいたる。これらは原潜などでおこりがちだ。
 ここからいえることは、①核の先制不使用の約束がないと信用できないということだ。また②宇宙兵器をあらかじめ禁止しておかないと、戦争が始まった際には、ファジーな指揮管制のもとで、核戦争になってしまう恐れがあるだろう。
 そうなると中ロ北は核弾頭付きのINFで対抗することとなり、日本の天空は核戦場となる可能性を新垣毅さん(琉球新報社記者)が示唆している。ただしそれ以上踏み込んでいないことが惜しまれる。
 紛争が激化すると、核戦争前の段階であっても、日本の原発が絶好の標的になる。日本の大半の地を無人の荒野に変える、このような簡単な方法があることを五味洋治(東京新聞)さんが冷静に論証している。
 鳩山友紀夫さん(元首相)の達意のエッセイ「『敵のいない日本」を創るーー沖縄を『不戦・東アジア共同体』の要に』が最後を飾っている。鳩山さんは、中国主敵論に陥る愚を説き、「核戦争には勝利者はいない」、「敵のいない日本」を創るほかないと主張している。

本書を通読した感想
 先に秋山信将・高橋杉雄『「核の忘却」の終わり』の論旨を紹介したが、米ソ冷戦が終わって、25年の間に蓄えられた「核の忘却」の遺産は、平和運動家の世界にも残っているのではないだろうか。「核戦争の忘却」という遺産が本書にも、何ほどかの程度で残っている気がしてならない。南西諸島を舞台にするINF型のミサイル戦争が、宇宙核戦争を含む「核戦争X」に展開していく構造を解明するためにさらに鋭利なメスを入れていただくことを期待したい。

Ⅴ. 「次なる核戦争」の阻止に向けた検討課題
「核戦争には勝者はいない」――核戦争阻止の誓いの大切さ
 本年6月16日、バイデン大統領はプーチンとの間で首脳会談を行った。その成果をまとめた「米ロ共同声明」には、次の一文が含まれていることに、私は瞠目した。「核戦争に勝者はなく、核戦争は決して行われてはならない」という一文だ。4)
これを読んで、私の記憶は36年前に発表された歴史的な米ソ共同声明に飛んでいった。1985年11月21日にジュネーブで開催された米ソ首脳会談の「共同声明」にはこう書かれていたからだ。「核戦争に勝者はなく,また,核戦争は決して戦われてはならないことにつき意見の一致をみた」と。5)
 この文言は、「核のハト派」が愛好してやまぬもの。2021年6月16日の米ソ首脳会議で、36年ぶりにこの言葉が登場したことは何を意味するのか。バイデン政権のもとで「核のハト派」が主導権を取り戻したのではないか。朝鮮半島での紛争の終結、非核化をめぐって、米国と北朝鮮との間で、相互の信頼関係を段階的に高めていく方向での模索が行われていることと併せて、注目すべき事実だ。

レイキャビックでの「核兵器廃絶合意」挫折の教訓
 「核のない世界」を求める平和運動の世界的高揚を背景に米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ共産党書記長とが、1986年10月11日・12日の両日、アイスランドのレイキャビックで、核兵器廃絶の段取りを協議する首脳会談を行った。
 「核戦争には勝者はいない、全員が敗者となり、人類の絶滅につながる」という点では両首脳の意見は一致、「10年後に核兵器ゼロをめざす」という目標の点でも一致した。にもかかわらず、歴史的合意を逸したのはなぜか。
 まず宇宙兵器禁止条約を取り決め、そのうえで全世界で核兵器の禁止に向かおうとソ連側が主張。しかし宇宙兵器の開発の権利に固執するレーガン大統領との対立が、最後まで残ったからだ。宇宙兵器の評価をめぐる米ソ間の相違が、決裂の主因だったと吉田文彦は説いている。6)

MAD に戻れ ――核兵器の先制使用の禁止
通常兵器レベルの交戦(宇宙アセットへの攻撃、核施設への攻撃であっても、核攻撃でないかぎりは、)が始まっても、核兵器を用いて、応戦・報復をしないと誓わせることである。通常戦争のレベルに封じ込め、核戦争にはエスカレートさせないこと。これは、まさにストックホルムアピールの第2要求――核兵器の先制使用をおこなわせず、核戦争を阻止するもっともオーソドックスなやりかたである。
オバマ政権末期に「核兵器の役割の縮減」の検討の中で、オバマを含む政権中枢部がこの採用に前向きになっていた。通常兵器による攻撃を行いやすくするものとして、日本政府が反対したことがきっかけで、頓挫したといわれる。7)
 事実、昨年秋の大統領選挙時に、バイデン陣営は、「米国の核兵器の唯一の目的は、核攻撃を抑止すること」にあるとし、「核兵器の先制不使用宣言支持」を表明している。
この政策がもし実行に移されるならば、宇宙空間やサイバー空間で、非核レベルの軍事衝突や戦争が起こっても、核戦争にエスカレートしない「歯止め」がかかることになる。
 核保有国が核兵器の先制不使用を宣言することには2つの利点が考えられる。核を持たなければ核で攻撃される恐れがなくなるため、持たざる国が核兵器を保有する動機が薄れる。米国の核におびえる北朝鮮に、核開発放棄を促しやすくなるというわけだ。また、核保有国同士の誤解や不信に基づく偶発的な核使用の危険性を低くすることもできるだろう。

レイキャビックの挫折から35年後のチャンスの到来
 本年6月14日に北大西洋条約機構(NATO)がブリュッセルの本部で首脳会議を開き、中国・ロシア側につぎの警告を発した。すなわち宇宙(人工衛星が周回可能な地上から百キロ以遠の)空間で、NATO側を攻撃すれば、集団的自衛権を発動して、戦争行為に入る可能性があると。その際、「地上から宇宙(資産)への攻撃、宇宙から地上への攻撃、宇宙空間内の(衛星同士の交戦)」という例示までおこなったと報道されている。8)
 当然、中ロ側は反問するであろう。それではNATO側は、「宇宙へ、宇宙から、宇宙内の攻撃的軍事行動」の禁止に応じる用意があるのかと。
 実はこの間、ロシアのラブロフ外相を先頭に、中ロ側は、宇宙兵器の制限・禁止の提言を強めてきた経緯がある。バイデン政権の成立の下、市民運動が強力に取り組み、中小国と連携を強めることができれば、宇宙条約以来37年を経た今日、宇宙兵器の制限・禁止に挑戦できる好機が生まれてきたと感じる。
 詰めるべきは、「宇宙兵器」の定義について、公正に議論することであろう。①宇宙アセットの機能を損なわせる攻撃を行う一切の兵器、②宇宙衛星や宇宙機に搭載され、地上アセットを攻撃する一切の兵器、この2つのタイプを完全に禁止すべきだ。
米国は、①の衛星攻撃兵器の禁止を優先し、中ロ側は、②の宇宙衛星からの地上のミサイル発射基地への攻撃を懸念してきた経緯がある。だからこそ、これらすべてを禁止し、例外を設けないことだ。宇宙兵器の制限・禁止をめぐって、史上初めて真剣な対話が始まる可能性がある。

1)関連してニール・ドグラース・タイソン『宇宙の地政学――科学者・軍事・武器ビジネス』原書房、2019年、上下も参考となる。タイソン著作については、藤岡 惇「宇宙軍拡への警鐘」『世界』2020年2月号、242-243ページが解説している。 
2)Missile Defense Review 2019,Office of Secretary of Defense,Jan.2019.
3)藤岡 惇「米国の宇宙軍拡と『核ミサイル防衛』の復活」『経済』2019年8月号、114-115ページ。
4)『京都新聞』、21年6月18日朝(共同通信配信)
5)吉田文彦「 米ソのレイキャビク首脳会議を検証する 第4回」『世界』2017年4月、284ページ。
6)吉田文彦「米ソのレイキャビク首脳会議を検証する 第6回」『世界』2017年8月号、216-218ページ。
7)田窪雅文「核兵器の先制不使用と日本政府」『世界』2021年4月号
8)『京都新聞』(共同通信)21年6月16日朝。

                  『平和運動』2021年8月号、掲載予定