宇宙に向かう核軍拡競争の悪夢
      ――「改憲日本」と「核の闇」――

藤岡 惇

  米国の科学者たちは毎年末に、地球滅亡までの時間を表す「終末時計」を発表してきた。発表初年度の1947年は「核戦争勃発の7分前」。冷戦ピーク時の1957年には、「2分前」という最悪レベルに落ち込んだが、ソ連が解体した1991年には「17分前」に戻された。しかし2017年・2018年には再び、「2分前」に落ち込んでしまった。

 このように厳しく評価されたのはなぜか。①核ミサイル開発をめぐって、米国と北朝鮮との緊張が高まったこと。②中国・ロシアを対象に「核MD」(核ミサイル防衛)を構えるという戦略に30年ぶりにトランプ政権が復帰し、核軍拡競争が宇宙規模で再開される見通しとなったからだ。

核MDの実現めざす2度のとりくみ

 1)1950 年代から1968年まで

 米ソ冷戦期のこと、ソ連・中国の放つ核ミサイルを100%撃墜できれば、核戦争になっても、米国は一方勝ちできるし、核の力で反米諸国を服属させることができよう。このような状態を夢見て、核ミサイル防衛を完成させようとする動きが、過去に2回あった。

 1950年代からABM(弾道弾迎撃ミサイル制限)条約が成立する1968 年までが、第一の時期であった。この間、ソ連・中国の核ミサイルを撃墜するための挑戦が続いた。迎撃ミサイルを核爆発させることで、飛来する核ミサイルを撃墜できるかを確かめるため、1961-63年の間に実験が積み重ねられた。1)

 大気圏内外核実験の禁止直前の1962年になると、駆け込みの宇宙核実験が続いた。米国はジョンストン島上空で9回の核実験(フィッシュボール作戦)を行なった。核爆発エネルギーは放射線、熱線、電磁パルスに姿を変えて、光速で拡散、影響は数万キロ先に及んだ。2)

 次のことが判明した。進入中の敵の核ミサイルの近辺で核爆発を起こせば、電磁パルス等の発生によって、味方の衛星や地上施設にも深刻な影響が及ぶことである。非核の迎撃ミサイルを開発して、敵の核ミサイルを撃墜するやりかたも試みられたが、結局、槍の方が、盾(防衛)よりも圧倒的に有利で、かつ安価であることが判明した。敵の核ミサイルを途中で撃ち落とすことは至難の業であることも分かってきた。「核戦争には勝者はなく、共倒れをもたらす」という結果となる可能性が極めて高いという結論を米ソ両国は受け入れざるをえなくなった。

 こうして1962年、ナイキの開発が中止され、1968年には、米ソ間でABM(弾道弾迎撃ミサイル制限)条約が結ばれた。核MDの第1期は終わりを告げたのである。

2)SDI(戦略防衛構想)に取り組んだ時期(198393年)

 15年後に転機が来た。この間に宇宙技術と精密誘導技術は長足の進歩をとげていた。「軍事衛星に電磁波発生装置を搭載し、宇宙から地上、ないし海中の敵の核ミサイルを発射前ないし加速上昇の数分間の間に、光速の電磁波を敵のミサイルに放ち、無力化させることができよう。核MDは可能な段階に来た」と軍産複合体はレーガン大統領に説いた。その確信をレーガンに与えたのが、エックス線レーザー発射衛星の開発が順調に進んでいるという極秘情報であった。宇宙兵器の力を使えば、ソ連の核戦力を無力化できると考えたレーガンは、SDI(戦略防衛構想)の推進を決断した。3)

 しかし、敵の核ミサイルをマヒさせるだけの強力なレーザー光を発生させるには、レーザー衛星で核爆発を起こす以外になかった。宇宙衛星で核爆発を起こせば、衛星軌道上での核爆弾の配備を禁じていた宇宙条約に違反すること、経済的に莫大なコストが必要だということが判明し、反対論が強まった。そうこうするうちにソ連が崩壊してしまい、SDI構想は放棄された。

 MDの棚上げ(1990~2017年)

  冷戦の終結、中国の変質に伴い、核ミサイルをもって米国と対抗しようとする国は消えてしまった。これにともない、核MDのしくみは維持するが、核をもたぬ国・勢力の通常ミサイルの撃墜・阻止が重点課題となる時代が始まった。核MDを棚上げする長い過渡期が始まったのだ。2009年にオバマ政権が誕生すると、「核兵器の役割を引き下げる」志向がいっそう明確となった。4)

 このような時代が23年間続いた結果、MDといえば、通常ミサイルを撃墜・阻止するものという観念が広まった。そのためMDとは、非核の通常ミサイルやロケット砲を迎撃・撃墜するものと信じ込んでいる人が日本には多い。

トランプ政権―中ロを標的にした核MDの再復活

  2017年12月にトランプ政権のが「国家安全保障戦略(NSS)が公表された。これまで主敵は、イラン・北朝鮮の「ならず者国家」と国際テロ組織だったが、今後は中国・ロシア・イランが主敵となった。とくに中国・ロシアについては、米国中心の国際秩序に対する挑戦者・「修正主義国家」という新たな位置を与えられた。中国・ロシアのこの志向が変わるまでは、核戦争・宇宙戦争を辞さぬ覚悟で戦い抜くという基本戦略が示された。

 トランプ政権の新戦略を核戦略分野で具体化するために、2018年2月に「核作戦態勢の見直し」が公にされた。オバマ時代とは逆に、核兵器の使用条件を緩め、抑止力としての核の役割を増大させる方向が明確になった。そのため「低威力の小型核兵器」を開発し、海洋・海中発射の巡航ミサイルに搭載する方針が明示された。5)

「ミサイル防衛見直し・2019」   

 2018年は、8年に一度のMD「見直し」の年だった。基本戦略の激変を受けて、MD方針はどう変わるのか、世界は注目した。予定を遅れること7か月、「MD見直し報告書2019年」が2019年1月に姿を現した。6)

 今次見直しによって、MDの中心テーマは、「ならず者国家」相手の通常ミサイル防衛から、中ロ(または北朝鮮)相手の核ミサイル防衛に変質した。これに伴い、次の5つの課題が生まれたと報告書は指摘する。

 第1に、核ミサイルのばあい、爆発が起これば多大の影響が及ぶので、撃墜が至上命令となる。

 第2に、これまでは弾道ミサイルが相手だったが、高度・進路・速度を自在に変更できる巡航ミサイルを中ロは開発中だ。この種のミサイルの撃墜という難事にも挑戦しなければならない。

 第3に、中ロは、マッハ5以上で飛ぶミサイルを開発中だ。このような「極超高速」ミサイルを捕捉・撃破するという難題も浮上した。

 第4に、発射直後の低速上昇段階を過ぎると、ミサイルは、一基あたり数個から数十個の再突入体(囮も含む)に分れ、猛スピードで異なる方向に飛ぶので、撃墜は極めて難しくなる。これらの技術的難事を解決できる秘策がある。①先制攻撃を行い、発射前に撃破すること、②発射を許した場合、低速上昇段階での撃墜に全力をあげることだ。

 第5に、先の①②に失敗したばあいに備えて、要所に迎撃ミサイル基地を設け、中間・到達段階での撃墜も試みる。そのため地上発射型迎撃ミサイル数を現在の44基から4年後には64基以上に増強する。

核MDが招く危険

 確認すべき第1点は、敵ミサイル基地への先制攻撃がMDの成否を決める要点だと強調され、敵基地にたいする先制攻撃が米国MDの基本方針となったことだ。①米国の先制攻撃を支える尖兵となる。②生き残った中ロの核ミサイルが米国に向かったばあい、中ロの報復第2撃から米国中枢を守る「盾」となる。これが、トランプ政権が日本に求める任務の基本となった。

 第2に、敵のミサイル発射の予兆を察知したばあい、先制攻撃に踏み切る。そのために多数の高性能センサー(感知体)を天空に配備する方針が明確にされた。数百の「宇宙センサー」が天空を回り、地上のXバンドレーダー網と連携して、「宇宙状況把握」を行う。

 第3に、指向性エネルギー(ビーム・光線)兵器の開発が強調された。超高速の核ミサイルを撃破するには、これまでの物理的な衝突エネルギーに頼るだけでは、到底、間尺に合わない。この点は1980年代のSDI時代にも増して、切実な課題となっているはずだ。

 今次報告書では、稲妻の別称をもつF35戦闘機の先端部にレーザー兵器を配備する課題が明示された。と同時に本年秋までにもっと斬新な対策の提起が約束されている。恐らく1980年代に検討されたような軍事衛星に光線(レーザー)兵器を搭載する構想、ミニ衛星や衛星軌道と成層圏を往来する「宇宙飛行体」を天空に散開させる構想などが予想される。

 1980年代の核MDの基軸となる兵器は、宇宙衛星で小型核爆発を起こし、そのエネルギーでX線レーザーを発生させ、電光石火の勢いで、敵の核ミサイルを上昇段階までで撃破する技術であったが、トランプ政権下の核MDの死命を制するのは、①敵の核ミサイルを点火・上昇局面までの間にその所在を正確に捉える「探索」技術。②敵の核ミサイルを近辺の宇宙飛行体(衛星・宇宙飛行機など)から電磁波光線を発射して、無力化・マヒさせる技術となろう。

「宇宙軍」創設の意味

 2018年6月18日、トランプ大統領は国家宇宙評議会で演説し、陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊と同格の独立した第6番目の軍部門として、2020年末までに「宇宙軍(Space Force)」ないし「宇宙軍省」(Department of Space Force)を創設する方針を明らかにした。理由は、宇宙支配(制宇宙権の掌握)が米国の国益に決定的な重要性をもっていること、ロシア・中国が衛星破壊能力をつけるなど、米国の制宇宙権に挑戦する姿勢を強めてきたからである。

 ただし結局は、漸進を主張する空軍路線に引き戻され、2019年8月29日に宇宙軍が発足した。つまり陸海空軍と並ぶ6番目の独立した軍種として宇宙軍を設立するのではなく、まずは第11番目の「統合軍」という格下の地位で発足させる。そのうえで将来的に6番目の軍種(海軍の影響下にある海兵隊のような存在)を目指すという2段階方式をとることとなった。

 天空を支配する者は地上も支配できる。米国の制宇宙権を確立し、宇宙兵器を開発し、核MDを全面復活させるには、宇宙隊(Space Corp)の創設程度の再編では間尺にあわない、陸海空軍と同格の宇宙軍(Space Force)設立が必要だとトランプたちは考えた。トランプは世界最強の宇宙軍を率いる総司令官というブランドを確立し、その力で、落日の米帝国を支えたいのであろう。

 ロシア・中国・北朝鮮を相手にして、仮に核戦争が始まっても、宇宙(衛星)軍と前線国家のあいだに「核の盾」を築いておけば、米国の中枢部は生き残り、核戦争を管理し、有利な条件下で休戦に持ち込めるとトランプ政権は考えている節がある。7)

 しかし核戦争を始めながら、途中で休戦したり、一方勝ちすることは可能なのか。

盾よりも槍の方が安価で効果的

 たしかに敵の核ミサイルを100%撃墜できるとなれば、核戦争を闘い、一方勝ちすることは夢ではない。しかし実際には、ミサイルの同時連射、深海からの発射、高速化や巡航化、多数の囮弾頭の放出、ロフテッド軌道、等々といったもっと安価で、もっと効果的な対抗策を、対抗国は講ずることができる。

 「MD見直し報告書」を受けて、ロシアは、「マッハ27で飛ぶ極超音速の槍(アバンガルド)をすでに開発した」と声明し、宇宙規模の核軍拡競争の挑戦は受けて立つと述べた。

 事態がこの方向に推移すると、米国の戦争システムの弱点である宇宙資産への攻撃、サイバー空間・原発空間への攻撃を誘発する可能性が高い。

ロシア側の対抗策――核推進の新型ミサイルの開発

 ロシア極北のアルハンゲリスク州ニュノクサ近くには、ソ連時代から原潜のミサイル発射実験の行われてきたところだ。この北海の海上施設上で2019年8月8日に小型原子炉搭載の新型ミサイルが爆発する事故が発生し、国防省職員2名とロシア国営原子力企業のロスアトム社の従業員5名が死亡した。周辺の放射線量が通常値段の最高16倍に達したことも明らかになった。

 プーチン大統領は 今年2月に、米国の核MDを突破するために、原子力推進型巡航ミサイルの「ブレベスニク」(9M730スカイフォール)の開発が順調に進んでいると述べていたが、今回の事故は、これに関連したものだった可能性が高い。犠牲者の葬儀のなかで、ロスアトム社のトップは「事故にもかかわらず、このミサイル開発は続ける」と誓った。8) 一昨年の議会向け演説でプーチン自身が豪語していたように核推進方式を用いると、飛行速度を高速化できるだけでなく、飛行距離は事実上無限に近づくだろう。9)

米国側――核を動力源とした宇宙兵器の開発

 8月13日になって、トランプ大統領は、「この爆発事故からロシアの実情について、米国は多くを学べた」とツィートした。そのうえでトランプは、「米国も、宇宙での核推進技術の開発をしている。むしろロシアの先を行っている面がある」と意味深長に付け加えた。10)

 トランプは何を示唆したのだろうか。すでに触れたように、核ミサイル防衛を成功させるためのカギは、敵(ロシア・中国、ばあいによれば、北朝鮮・イラン)の核ミサイルを発射直前から上昇段階の間までに捕捉し、無力化できるかどうかにかかっている。

 そのため、この数分間に、発射地点の上空に味方の宇宙飛行体(軌道を回る衛星・静止できる宇宙航空機・監視飛行体など)を集め、光速で飛ぶ電磁波を発射して、敵の核ミサイルを無力化させることが重要となる。

 強力な電磁波を発生させるには、宇宙飛行体に相当強力な動力源を搭載しておくことが不可欠だ。カギを握るのは、宇宙飛行体に超小型原子炉(ないし原子電池)を搭載することだ。米トランプ政権に入って、核ミサイル防衛という構想が実るかどうかを決めるのは、超小型原子炉、ないし原子電池の宇宙飛行体への搭載であり、この核エネルギーを動力源とする「電磁波発射宇宙飛行体」の開発なのである

「改憲日本」の悪夢を越えて「希望の惑星」の保全を

 9条改憲の実際の意味は、集団的自衛権を完全に承認させ、米国や宇宙に向かう核ミサイルを日本が盾となって、撃ち落とさせることにある。いま日本のような「前線国」が「改憲」を行い、核ミサイル防衛に組み込まれると、どうなるのか。

 チキンレースの末に、前線国家の周辺で、核戦争が偶発的に始まったとしよう。電磁パルスが宇宙から日本列島を襲い、電力網の全系崩壊が起こり、日本は長期間、「核の闇」に閉ざされる。あまりの惨状を見て、米国と中ロとは正気に戻り、核停戦に入るが、日本列島周辺だけは「無人の原子野」になってしまう。日本列島からは無数の避難民が、風上の土地――朝鮮半島から中国の奥地に向かうというシナリオだ。

 SDIは失速して、30年がたった。たしかにこの間に、コンピュータの性能は格段に進歩したし、宇宙利用技術も、精密誘導の技術も昔日の比ではない。しかしこの時に、SDIの新バージョンに取り組むことにどんな成算があるのだろうか。本格的な「宇宙核戦争」が起これば、宇宙から「電磁パルス」が降り注ぎ、地上の電力網はブラックアウト(全系崩壊)される可能性が高い。地球上は「核の冬」ではなく、「核の闇」(ニュークリア・ブラックアウト)に長期間、覆われ、冷蔵庫は使えず、人々はゆっくりと死滅していく。原発爆発と類似した結果となるのではないだろうか。

 もし核ミサイルが日本上空で核爆発したら、どの程度深刻な「核の闇」が日本を覆うのか。この点の環境事前調査を入念に行ったうえで、合意を得る手続きを進めるべきではないか。

 核兵器と宇宙兵器・衛星攻撃兵器の同時禁止を

  2019年8月3日の原水爆禁止世界大会・国際会議で、米ロの平和運動体を代表して、米国の平和・軍縮・共通安全保障キャンペーン議長のジョセフ・ガーソンさんとロシアのフィンランド湾南岸公共評議会のオレグ・ボドロフさんが、「共同声明」を発表し、以下の要求を行った。①MADの真実に立ち戻れーー核戦争は勝利できず、決して戦ってはならないと米ロ両大統領は共同声明を作成すること。②核軍縮を進め、宇宙兵器を完全に禁止し、サイバー戦争の脅威を除去する。11)

 私が理事をしている国際NGO「宇宙に平和を!地球ネット」の年来の主張に近い。12)議論を深めてほしい。

 

 

1)シャロン・ワインバーガー(千葉敏生訳)『DARPA秘史』2018年、光文社、124・135-149ページ。江畑謙介「GMD構想の開発と技術」(森本敏編『ミサイル防衛』2002年、日本国際問題研究所)、98-102ページ。

2)D.G.デュポン「ハイテク社会を揺るがす宇宙からの核攻撃」『日経サイエンス』2004年10月号、94-99ページ。

3)ウイリアム・ブロード『SDIゲームーースター・ウォーズの若き創造主たち』1986年、江畑謙介訳、光文社。

4)藤岡 惇「米軍再編――米軍が『宇宙・地球規模攻撃軍』を設置した意味」『経済科学通信』109号、2006年2月、19-22ページ。能勢伸之・岡部いさく「オバマの切り札――核を無意味にする超ド級ミサイル」『文芸春秋』2011年1月号、374-380ページ。

5)太田昌克「新核戦略が開くパンドラの箱」『世界』2018年4月。

6)Missile Defense Review 2019,Office of Secretary of Defense,Jan.2019.

7)太田昌克「先鋭化するトランプ核戦略」『世界』2019年9月、157-158ページ。

8)Maxine Popov, Moscow(AFP),Aug.12,2019.

9)『朝日新聞』2019年8月15日付け。

10)Maxine Popov, Moscow(AFP),Aug.12,2019.

11)『赤旗』2019年8月4日。

12)詳細は、地球ネットのホームページhttp://www.space4peace.org/ を参照のこと。

 

 

         (『経済科学通信』149号、2019年11月所収、2019年11月所収、2-6ページ「ニューズを読み解く)