バンクーバーの世界平和フォーラムに参加して

世界平和フォーラムとは

 2006年の6月23日から28日にかけて、カナダ西海岸のバンクーバー市において、「世界平和フォーラム」(WPF2006)が開かれた。97カ国から5千人が集まり、会期中に大小350にのぼる全体会・ワークショップ・文化行事などが開かれた。日本からの参加者は200名余りにのぼり、うち150名ほどは日本原水協が組織した被爆者や平和活動家の人たちであった。加えて最終日には、日本からやってきた「ピースボート」が入港し、多数の乗船者が一日参加したので、日本人が特にめだつ集会となった。
 初日に、1000名余りの参加者がダウンタウンをデモ行進した。その後開会式がサンセットビーチで行われ、多彩なライブショーが演じられたりした。
 ダウンタウンから西に10キロあまり離れた岬にブリティシュ・コロンビア大学があるが、その広大なキャンパスが会場となった。当地の緯度はサハリン島中部と同じであり、午後9時過ぎにならないと日が沈まない。遅くまで熱心な議論が続いた。
 ダウンタウンでは、広島市長が会長を務める世界平和市長会議も並行して開催され、多数の都市関係者が集まっていた。そのため「戦争を終わらせ、平和で公正で、持続可能な世界をつくるために、都市とコミュニティに何ができるか」がWPFのメインテーマとなった。

人類共有の宝としての平和憲法

 6月26日に「日本国憲法9条--平和のための人類共通の財産」というワークショップが開かれた。この集会は、ピースボート、ハーグ平和アピール、原水協、原水禁、被団協、バンクーバー9条の会の6団体が共催したもの。会場は200名の参加者であふれ、意気高い集会となった。「バンクーバー9条の会」というのは、昨年6月に在留邦人を軸に設立された組織。評論家の加藤周一さんを招いて集会を開いたりして、会員数は100名に増えたと中心メンバーの乗松聡子さんが語っておられた。この種の組織としては、海外では最初のものであろう。日本政府は外国からの圧力には弱いので、このような組織が世界各地にできてくると、意外な力を発揮するのではないかという意見が出された。南米にも日系人が多数住んでいるので、同様の組織づくりを考えていきたいと、ブラジルからの参加者が述べておられたのが印象的であった。

憲法九条の二つの意味

 周知のように日本国憲法の九条には、二つの意味がある。一つは、「核の時代」の真実を人類に告示するという意味である。「人類が戦争を絶滅させるか、戦争が人類を絶滅させるか、いずれか以外の中間的選択肢が消えつつある時代」に入ったというのが、広島と長崎、それにビキニの惨劇の告げた真実であったはずである。日本海周辺には、すでに七〇基を超える巨大原発が操業している。この地で、米軍と北朝鮮・中国軍が戦端を開いたとしたら、たとえ核兵器が使われなかったとしても、どんな破局が生まれるかは容易に想像できよう。
 いま一つは、天皇制を残しても再び「侵略の牙」をむかない旨、東アジア民衆に公約しないかぎり、東アジア諸国は納得しなかった。その国際的公約の「担保」として作成されたのが、憲法九条だという点である。東アジア民衆の合意をえないままに、九条改憲に向うことは、すさまじい国際的摩擦を呼ぼう。

東アジアの真実と和解を探る朗読劇

 いまひとつ、参加して感動したのは、平和学者ヨハン・ガルツングが創立したNGO――トランセンド・ジャパンが主催した「北東アジアの和解と平和のために」というワークショップであった。「トランセンド」とは「対立を含んで超える」という意味。そのための技法を開発し、平和の創り手を養成しようとするNGOである。南京虐殺から真珠湾攻撃・原爆投下にいたる因果応報の物語を変革の立場にたって把握しなおし、どの時点で、どのような誤った選択が行われたのか。もうひとつの選択を行っていたら、悲劇や戦争を回避できたのかどうかを探求しあおうと呼びかける朗読劇であった。シナリオはヨハンが書き、当日の舞台監督は奥本京子さん(大阪女学院大学)が務めた。
 出演者は、日本の政治家、ゼロ戦パイロット、日本人の被爆者女性。米国の政治家、原爆投下機のパイロット、ハワイ人。朝鮮の政治家、朝鮮の慰安婦、在日朝鮮人。中国の政治家、南京虐殺の犠牲者、台湾人の合計12名。一番反発する役回りを演じてほしいという注文つきで、一般参加者から即席で出演者が募られた。生来おっちょこちょいの性癖のある私は、原爆投下を命令した米国の政治家――トルーマン役を即興的に演じる役を買ってでた。英文のシナリオを読み上げるだけの仕事であったが、けっこう緊張した。12人の配役の間で、①何が起こったのかという事実を確定する作業、②なぜこのような悲劇がおこったのか、それをなしたのは誰かを確定する作業、③その責任についての共通理解を深めながら、なしえなかった別の選択はあったのか、なぜ別の道を選ぶことに失敗したのかを明らかにし、自らの臆病さや非力を謝罪する作業、④かかる不幸な事態の再発防止のために、どのような教訓を導き出し、もっと建設的で未来志向的な計画をどのようにして策定したらよいのかを考える作業、――これら4つの作業課題を対話形式で深めていこうという演劇が一般参加者の熱意ある参画をえて進んだのである。
 対話劇の終了後、シナリオの内容があまりに「日本人」的視点に偏りすぎているのではないかという批判が(作者は北欧人なのだが)、韓国と中国の参加者から出された。ともあれ真剣な対話が始まったこと自体を貴重な成果だとみるべきなのであろう。

宇宙軍拡をどうみるか

 私がWPFに出かけた主な動機は、国際NGO――「宇宙への兵器と核エネルギーの配備に反対する地球ネットワーク」(「地球ネット」と略)の主催するワークショップと年次総会に参加することであった。私は、「地球ネット」の国際諮問委員をここ6年ほど務めているからだ。
 「地球ネット」は「ミサイル防衛とカナダ」、「宇宙兵器の開発とカナダ」、「宇宙戦争への反対運動をどう組織するかーー世界各地の運動レポート」、「宇宙ベースの軍産複合体――点と線をつなぎ、全体像を解明する」という4つのワークショップを会期中に開いた。
 イラク戦争では、米軍の用いた爆弾の6割以上が宇宙衛星を使って精密誘導されていたし、今年6月7日にアルカイダを率いてきたザルカウィが殺害されたのも、GPS衛星を用いた精密誘導爆撃のおかげであった。精密誘導爆撃、核攻撃、ミサイル防衛は、すべて宇宙からの「情報の傘」によって統合されている。「宇宙から地球を支配するアメリカ帝国」の出現という情勢を反映して、4つのワークショップとも、30-100名にのぼる参加者が集まり、大盛況となった。
 昨年2月にカナダの自由党政権は、宇宙への兵器配備に反対するという国是を盾に、ブッシュ政権が求めるミサイル防衛に参加しないという方針を決めて、世界に衝撃を与えた。ただしことし2月に誕生した保守党のハーパー政権は、米国の圧力に屈してミサイル防衛への参加を模索しつつあるので、このような方針転換を許さない運動を展開しようと呼びかけられていた。
 何を「宇宙兵器」とみなして、何を禁止の対象とすべきなのか。この問題に平和運動の側も取り組んでおく必要がある。レーザー光線衛星など、直接に地上や敵の衛星を攻撃する兵器搭載衛星などは、宇宙兵器の中核であり、禁止の対象とすべきことには、異論はない。他方、偵察衛星や軍事通信衛星は、兵器の本体ではないし、核実験などの査察をする衛星については、核軍縮の検証に有益な役割をはたすのであるから、「宇宙兵器」として、一律に禁止の対象にすべきでないと考える平和運動家も少なくない。
 問題は、精密誘導爆撃の「眼」となるGPS衛星などを「宇宙兵器」とみなせるかどうかである。宇宙兵器を直接にワークさせる不可欠なパーツについては、「宇宙兵器」の一部とみなして禁止の対象にするべきだとする意見が強かった。こんご深めていきたい。
 宇宙関係の催しに日本人の参加を呼びかけたが、今回もほとんど参加がなかった。日本人には、総じてパック旅行のノリで集団的に行動する人が多かった。みずみずしい感受性と好奇心に恵まれた自立的な主体というか、個人の責任と判断とで動く市民的主体が、日本ではまだ十分には形成されていないように思われた。

日本からの参加者を歓迎する夕食会

 最終日の前夜に、「バンクーバ9条の会」の呼びかけで「日本からの参加者を歓迎する夕食会」が、中華街で行われた。この集いには、原水協だけでなく、原水禁・ピースボートなど多彩な団体から150名もの方が参加された。9条の会の乗松聡子さんと私が司会を務め、交流を深めることができた。
 バンクーバーにはラスキー絹子さんという被爆女性がおられたが、最近癌で亡くなられた。生前の彼女をしのび、友人のキース・シールドさんが、絹子さんの胸像を製作された。この胸像を日本被団協に託する式が、この場を借りて行われた。広島の平和資料館にこの胸像が展示されることを遺族側は望んでおられた。

日本政府への要請

 翌日の28日には、小泉首相が米国訪問の途上にカナダを訪問するというので、日本からの参加者一同の名前で「自衛隊のイラクからの撤退と憲法9条の堅持」を要求する請願書を作成することとなった。国際法律家協会日本支部事務局長とピースボート代表、原水禁国際担当者が原案を作成し、先の夕食会の席上で、参加者の承認をえたうえで、日本の総領事館に提出しに出かけた。このシーンは、地元テレビなどで広く放映された。
 最終日に「バンクーバー・平和宣言」が採択されたが、日本からの参加者の奮闘の結果、「平和宣言」の10項目要求中の7番目に、「日本国憲法9条をモデルにして、各国の憲法に『戦争の放棄』という条文を盛り込ませよう」という文章が入った。1999年にオランダで開かれた「ハーグ市民平和会議」でも同様の文面が採択されていたが、それから7年をへた現在、憲法9条の深い意味が、改めて世界的規模で確認されたわけである。

東北アジアに非核非ミサイル地帯を

 いま東北アジアでは、北朝鮮のミサイル実験をきっかけとして、北朝鮮と中国を敵視し、軍事的に封じ込める動きが強まっている。しかしミサイル防衛と先制攻撃の道を歩むならば、莫大な資源を『宇宙の穴』に投げ入れてしまうことになる。公正な平和を築く唯一の道は、南北朝鮮と日本を「非核非ミサイル地帯」、さらには「外国の軍事基地のない地帯」、「攻撃型武器は配備しない専守防衛地帯」にする以外にない。これが、「核の時代」、二重基準を許さぬ「民主主義の時代」に生きる私たちの「生存の智恵」にしなければならないだろう。