「世界の潮」
「極超音速ミサイル」出現の衝撃
           ―――宇宙核戦争に勝者はいるか――

藤岡 惇

 これまでミサイル防衛について議論する時には、暗黙の前提が2つあった。①敵の放つミサイルには、核弾頭が装着されておらず、核戦争の幕を開くリスクを冒すことはない、②弾道ミサイルは楕円を描いて飛ぶので、軌道計算ができ、撃墜は容易だという前提がそれだった。
 しかし情勢は変わり、2つの前提がともに消えさった。第1に、核武装した中国・ロシア・北朝鮮が主敵となり、ミサイル防衛は「核ミサイル」防衛に変質した。
第2に、中ロ側の核の「槍」(ミサイル)の性能が格段にアップしたため、「陸上イージス」程度の「盾」では到底、太刀打ちできないことが分かってきた。核戦争となったばあい、「日米同盟」側は本当に勝てるのか、共滅してしまうのではないかという不安が広がってきた。1)

「極超音速ミサイル」の出現
 核ミサイルはロケット(推進ブースター)部分と核弾頭搭載の「大気圏再突入体」(Re-entry Vehicle)を含む先端部からなっている。地上100キロより上を宇宙空間と呼ぶが、この空域に達した時、ミサイルのロケット部分は落下・消滅し、標的に向かって「再突入体」だけが飛び続ける。
米ソ冷戦期以来、再突入体といえば「核弾頭」それ自体を意味した。しかしここ10年の間に「再突入体」のしくみに革命的な変化が起きた。マッハ5以上という極超音速の速度を出せ、くねくねした針路を進み、低空を自在に滑空できる、さらには人工衛星や宇宙航空機にも変身できるなど、多彩で高度な機能を備えた「再突入体」が製作されるようになってきた。「極超音速ミサイル」や「極超音速兵器」と呼んだ方が適切なモノへと再突入体自体が高度化したわけだ。その旗頭となってきたのが中国とロシア。イラク・中東方面で核兵器を使わぬ通常戦争を展開していた米国は、すっかり立ち遅れてしまった。

「滑空型」(HGV)と「巡航型」(HCM)
 極超音速ミサイルには、「滑空型」ミサイル(Hypersonic Glide Vehicle, HGV)と「巡航型」ミサイル(Hypersonic Cruise Missile, HCM)という2つのタイプがある。
 「滑空型」ミサイルはグライダーの形をしており、ミサイル防衛網を回避するため、機動しながら40-96キロの高度を滑空する。燃料をほとんど使わないため、弾道ミサイルに比べて熱の発生量が格段に少ない。そのため米国の早期警戒衛星を用いても、探知することは難しい。HGVは、米国の監視・探知・追尾システムから逃れることができる優れモノだ。オバマ政権時の「通常(非核弾頭)打撃ミサイル」構想にその起源があるとされる。2)
 2019年に実戦配備されたロシアの極超音速滑空ミサイルのアヴァンガルドが代表例だ。中国が開発したHGVとして有名なのがDF-17(東風17号)。70キロ以下の低空を滑空し、翼を動かして進路を変更できるので、イージス・システムでは迎撃は難しいという。3)
「巡航型」ミサイルのばあい、高度19-30キロの低空を飛行する。超音速で作動する特殊なジェット・エンジン(スクラム・ジェット)を備えており、自力で巡航する。滑空型ミサイル以上に位置変更が容易なため、敵の迎撃を回避しやすいという。4)

「衛星ミサイル」を中国が開発したという報道
 2021年夏に中国は「極超音速ミサイル」の実験を2度行ったと英紙の「フィナンシャルタイムズ」(10月16日付け)が報じた。7月27日の実験は次のように進んだという。中国上空で発射された極超音速ミサイルは、南北方向の衛星軌道に乗って地球を一周し、南シナ海上空に戻ってきた。この空域でミサイルは、小型ミサイルの発射にも成功したという。5)
 8月13日に行われた実験でも、6)極超音速ミサイルは衛星軌道に乗り、地球を1周近く滑空した後に降下、中国内の目的地近くに着地した。誤差は40キロだという。7)ミサイルが衛星軌道を飛んだわけで、「衛星ミサイル」の誕生だ。
衛星ミサイルを用いると、南極の方角から米国に近づくこともできる。米国の南部国境にはミサイル防衛の壁の築かれていない。ミサイル防衛の盾に大穴が空くことは確実だ。8)
 中国外務省の報道官は、「再利用可能な宇宙航空機の開発のための実験であった」と弁明し、同様の宇宙航空機をすでに米国は保有しているではないかと付け加えた。たしかに2010年以来、衛星軌道と大気圏内とを往復する無人の宇宙航空機X-37Bを米国は運用してきた。9)しかし米国の宇宙航空機は偵察が任務だ。それにたいして中国の場合、極超音速ミサイルをベースとしており、ミサイル破防衛の盾を突しようとする意図が濃厚だ。台湾をめぐって軍事衝突が起こった場合、紛争海域への「接近阻止・領域拒否」戦略を実現するための抑止力として、この種の「衛星ミサイル」の活用を中国は予定しているのであろう。10)

2つの道
 従来型の弾道ミサイル防衛のしくみでは極超音速ミサイルを阻止・撃墜できないことが明らかとなった。我らの前には2つの道が分かれている。
 第1の道は、トランプ前政権が目指した道――どれほどコストが暴騰しようとも、「槍」と「盾」の両面で敵を圧倒する態勢を再建し、核戦争となっても米国が完勝できる態勢をつくろうとする道だ。実際に、米国のタカ派は、極超音速ミサイルを撃墜できる新たな「核ミサイル防衛」システムの検討に入った。250機の「極超音速・弾道ミサイル追尾宇宙センサー衛星」を天空に配備し、宇宙から迎撃する計画をミサイル防衛局は構想している。これとは別に、2026年までに1千機の「極超音速ミサイル捕捉・追尾衛星」を配備するという構想を宇宙開発庁が提案している。11)まさに40年前のレーガン時代のSDI(宇宙戦争)構想の再版だ。気候危機とコロナ禍のもと、このような奇想天外な計画を実行しようとすれば、大変な摩擦が生まれるだろう。
 第2の道は、現実のリアルな観察に発する道だ。遠からず米国も、中ロと同等の極超音速ミサイルを配備することになろう。その結果、両陣営の築いた「核の盾」は、大穴だらけとなり、使い物にならなくなるのは必定だ。したがって、核の槍だけをかざし、盾なしで、デスマッチを行うという事態となるだろう。つまり核戦争になれば勝者はいない、共倒れするという「相互確証破壊」(MAD)の状態になる可能性が高い。
 その前兆がある。2021年6月16日、バイデン大統領はプーチンと首脳会談を行ったが、その成果をまとめた「米ロ共同声明」には、こう書かれていた。「核戦争に勝者はなく、核戦争は決して行われてはならない」と。36年前の1985年11月21日のジュネーブでの米ソ首脳会談の「共同声明」と同じ文言だ。12)ソ連崩壊後の30年を経て、中ロと米国との核兵器対決は、再びMAD状態に陥ったことをバイデンとプーチンとは確認しあい、共同理解に到達したわけだ。バイデン政権のもとで「核のハト派」が主導権を取り戻しつつある兆候がここにある。

なすべき課題
 この動きをさらに進めるには、何をなすべきか。第1に、「次なる核戦争」の実像の探究であろう。次なる戦争では、サイバー空間と宇宙空間での軍事衝突から始まり、核の交戦に至る経路をたどる公算が大きい。13)
 冷戦期の米ソには、衛星には宇宙兵器を搭載しないこと、地球上から「宇宙アセット」(衛星、宇宙船など)を攻撃しないという暗黙の合意があったのであるが、2010年代半ばからはこの合意は消え去り、宇宙アセットを攻撃する事態が進んでいる。
たとえば、2021年11月15日、ロシアが衛星攻撃兵器の実験を行った。攻撃には地上発射型ミサイルが使われ、旧ソ連時代の人工衛星を破壊した。この際、追跡可能なサイズのスペースデブリ1500個以上のほか、数十万個の小さなデブリが発生したという。
 世界一の資産家のイーロン・マスクのスペースX社をリーダーに、低軌道の空域だけでも数千機の衛星が飛びかう時代となった。低レベルの宇宙戦争が起こっただけで、さらに多くのデブリが生まれ、宇宙産業は致命的な打撃をうけるだろう。
 米国と中ロの間での矛盾と紛争はこんごも続くだろうが、大切なことは、紛争が戦争に、宇宙戦争が核戦争に転化することを防止するしくみを作ることだ。
 そのために何が必要か。まずは「国際紛争を解決する手段としては、核戦争は有害無益」だということを共通認識とすべきだ。第2に、核兵器の先制不使用に合意することが必要だ。大国間の疑心暗鬼を解き、核軍縮に転じる絶好の契機となるだろう。第三に、攻撃型宇宙兵器の禁止であろう。宇宙戦争が次なる核戦争の糸口となる可能性が高いからだ。第四に、軍事同盟参加国の間にも核兵器禁止条約加盟国を生み出し、増やす動きを強めることであろう。21年11月24日、ドイツの新政権は、核禁条約締結国会議へのオブザーバー参加を決めた。14)日本の市民運動の果たすべき役割は、決して小さくない。

1)藤岡 惇「陸上イージスの命運はなぜ尽きたのか」『世界』2020年10月号。105-108ページ。
2)能勢伸之『極超音速ミサイルが揺さぶる「恐怖の均衡」――日本のミサイル防衛を無力化する新型兵器』扶桑社新書、2021年、50-69、74・75、98ページ。
3)能勢伸之『極超音速ミサイル入門』イカロス出版、2021年、52-55ページ、89-95ページ。
4)能勢伸之、前掲『入門』、39-40ページ。
5)「共同通信」2021年11月23日付け。
6)実験日は、宇宙産業メディアのDongfang Hour(東方時間), Oct.27 2021 の報道による。
7)『朝日新聞』2021年10月20日。
8)Mark Zastrow, How does China’s hypersonic glide vehicle work?, Astronomy, Nov.4, 2021.
9)鳥嶋真也「謎の無人スペースプレーン『X-37B』」『軍事研究』2019年1月号、53ページ以下。
10)能勢伸之、前掲『極超音速ミサイル』、102ページ。
11)能勢伸之、前掲『入門』136-145ページ。
12)吉田文彦「 米ソのレイキャビク首脳会議を検証する 第4回」『世界』2017年4月、284ページ。
13)ジム・スキアット『シャドウ・ウォー:中国・ロシアのハイブリッド戦争最前線』原書房、2020年3月。
14)詳細は、藤岡 惇「次なる核戦争Xを阻止するために」『平和運動』2021年8月号。
          
(立命館大学名誉教授・兵器と核の宇宙配備に反対する地球ネット理事)